【完結】王と伯爵に捧げる七つの指輪

第一章 バロン

35：なら、私のヴァレットになれ

「なら、私のヴァレットになれ」
「ヴァレットって、アン女王についている女性のような……？」
「正式な役職だし、いつも私の傍にいてもおかしくあるまい。いいな？」
背中にまでエドワードの手が入って来て、バロンは顔をのけぞらせた。
すると、エドワードと視線が交錯する。
これはまるで、違法娼館で命令を受け、自慰をさせられたときのシチュエーションだ。
でも、そこから先が少し違った。
エドワードが目を閉じ、バロンに唇を近づけてくる。
バロンも流されるように目を瞑ってしまった。
逞しい腕で背中を支えられ、とてつもなく安心していた。
罪が薄まるような勘違いさえ覚えた。
ああ、俺は逃げている。
強い流れに、抵抗すらしないで。
本当にダメなドメインだ。
「シファーチェの情報は、私が関係各所に命じて集める」
エドワードの息が唇にかかって、彼の存在をこれまでで一番近くに感じたその時だった。
「アーサーッ！！」
ルシウスの甲高い声。
それに、バタバタと慌てふためいたように廊下を掛ける靴音。
「アーサー？」と呟いたエドワードが、パッとバロンを離し、部屋を駆け出して行く。
確か、エドワードの幼馴染の一人だ。
どうして、彼も今来ているとエドワードに紹介しなかったのだろう。
そして、どうして、こんなにエドワードの後ろ姿が硬いのだろう。
バロンは診察室の戸口に立って廊下を眺めた。
もう二人の姿はない。
「ダニエルっ、来てっ！ベリルが目覚めたよ」
とどこかで叫ぶルシウスの声がする。
バロンは、先ほどカプセルの前で祈っていた男がアーサーなのかと思い、ふらふらとその部屋に行ってみた。
エドワードにあんなことをされかけて、魂がどこかに飛んで行ってしまったような気分だった。
部屋では溶液に満たされた八個のカプセルが、コポコポと音を立てている。
「確か、このカプセル前」
パネルには、「ベリル」という名前が光っていた。
顔を覗き込んでバロンは息を飲んだ。
溶液に満たされたカプセルの中で、シファーチェそっくりの少年が、薄目を開けて遠くを見つめていた。