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第一章 バロン
29:匂いが甘すぎて、むせそうだ
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バロンを助け出したまではよかったが、傍に置いたことでよからぬ憶測が生まれ世間の声は、日に日に厳しくなっている。
やがて、バロンと同じ眼鏡にハット姿のエドワードがやってくる。
違法娼館に押し入ってきたときも、軍帽に眼鏡姿だった。
目立つ髪もハットで完全に隠しているので、彼なりの変装のようだ。
お忍びで、どこかに行くつもりらしい。
「ダニエル様に、ハチミツを二瓶、手土産として用意させていただきました」
とキースが小ぶりな袋を掲げる。
ダニエル?
幼馴染の名前だ。
暫く会っていなかったと言っていたが、急にどうしたのだろう。
「メアリー様のマフィンもどうです?ハチミツをおすそ分けしたら、お返しにと今朝」
キースは、またマフィンが山盛りのバスケットを食堂から持ってくる。
「先日頂いたものは、メイドたちと分け合っていただきました。小量でも、お腹が空かないから便利だと、皆、喜んでいます」
「いつも、すまんな」
エドワードが苦い顔でバスケットを受け取ろうとしたので、バロンも手を伸ばした。
「病み上がりは大人しくしていろ」
「いえ、俺が」
「ケンカせずに、仲良く行ってきてください。じゃあ、バロンはハチミツを二瓶、持つ係」
キースに瓶を手渡されている隙に、エドワードがバスケットをひょいと持ってしまう。
装飾のない馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。
「匂いが甘すぎて、むせそうだ」とエドワードが小窓を開ける。
外には、中世の街並みがそのまま残るクラッシックシティーの景色が広がっていた。
馬車の中で、会話は無かった。
そのせいで、三日前の夜が思い出され、バロンは落ち着きを失くしてしまう。
餌付けみたいにマフィンを与えられたこと。
ハチミツの付いた小指を舐めさせられたこと。
そして、親密という言葉とともに、頬を触られたこと。
だが、落ち着きを失っているのはバロンだけのようで、エドワードは足を組んだまま、いつも通り何を何が考えているのか表情が読めない。
貴族の邸宅が途切れ、馬車は森へと入っていく。
白亜の城が、森の木々越しに見え、バロンはさっと顔をそらした。
倒れた夜の夢は、今だ消えない罪悪感が見させたものだろう。
鹿の園へ放った火は、館の一部を焼いた。
オールドドメインが数十名逃亡し、後日、全員が捕獲された。
放火事件は、公的にそう記録されている。
だが、真実は少し違う。
鹿の園は、数日休館しただけで、後日何事も無かったように営業を再開したが、王の座にいた少年は、綺麗さっぱり公式のホームページから消えていた。
「お前は、鹿の園時代に戻れるなら、戻りたいと思うか?この前までいた場末の娼館は論外だろうが、鹿の園は、客さえ取れれば、人間よりいい暮らしができると聞く」
急にエドワードが口を開き、バロンは自嘲的に笑う。
「確かに客さえ取れれば、それは可能です。けれど、俺は、客を喜ばせる才能も魅力もありませんでしたから」
「戻るつもりはないということだな。分かった。では、お前が私に機密データを渡し、与えた損害を私に尽くすことで対価として払ったら、その後、どうする?希望はあるか?」
―――お前は、廃棄だ。
そう言っていただけると、助かります。
やがて、バロンと同じ眼鏡にハット姿のエドワードがやってくる。
違法娼館に押し入ってきたときも、軍帽に眼鏡姿だった。
目立つ髪もハットで完全に隠しているので、彼なりの変装のようだ。
お忍びで、どこかに行くつもりらしい。
「ダニエル様に、ハチミツを二瓶、手土産として用意させていただきました」
とキースが小ぶりな袋を掲げる。
ダニエル?
幼馴染の名前だ。
暫く会っていなかったと言っていたが、急にどうしたのだろう。
「メアリー様のマフィンもどうです?ハチミツをおすそ分けしたら、お返しにと今朝」
キースは、またマフィンが山盛りのバスケットを食堂から持ってくる。
「先日頂いたものは、メイドたちと分け合っていただきました。小量でも、お腹が空かないから便利だと、皆、喜んでいます」
「いつも、すまんな」
エドワードが苦い顔でバスケットを受け取ろうとしたので、バロンも手を伸ばした。
「病み上がりは大人しくしていろ」
「いえ、俺が」
「ケンカせずに、仲良く行ってきてください。じゃあ、バロンはハチミツを二瓶、持つ係」
キースに瓶を手渡されている隙に、エドワードがバスケットをひょいと持ってしまう。
装飾のない馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。
「匂いが甘すぎて、むせそうだ」とエドワードが小窓を開ける。
外には、中世の街並みがそのまま残るクラッシックシティーの景色が広がっていた。
馬車の中で、会話は無かった。
そのせいで、三日前の夜が思い出され、バロンは落ち着きを失くしてしまう。
餌付けみたいにマフィンを与えられたこと。
ハチミツの付いた小指を舐めさせられたこと。
そして、親密という言葉とともに、頬を触られたこと。
だが、落ち着きを失っているのはバロンだけのようで、エドワードは足を組んだまま、いつも通り何を何が考えているのか表情が読めない。
貴族の邸宅が途切れ、馬車は森へと入っていく。
白亜の城が、森の木々越しに見え、バロンはさっと顔をそらした。
倒れた夜の夢は、今だ消えない罪悪感が見させたものだろう。
鹿の園へ放った火は、館の一部を焼いた。
オールドドメインが数十名逃亡し、後日、全員が捕獲された。
放火事件は、公的にそう記録されている。
だが、真実は少し違う。
鹿の園は、数日休館しただけで、後日何事も無かったように営業を再開したが、王の座にいた少年は、綺麗さっぱり公式のホームページから消えていた。
「お前は、鹿の園時代に戻れるなら、戻りたいと思うか?この前までいた場末の娼館は論外だろうが、鹿の園は、客さえ取れれば、人間よりいい暮らしができると聞く」
急にエドワードが口を開き、バロンは自嘲的に笑う。
「確かに客さえ取れれば、それは可能です。けれど、俺は、客を喜ばせる才能も魅力もありませんでしたから」
「戻るつもりはないということだな。分かった。では、お前が私に機密データを渡し、与えた損害を私に尽くすことで対価として払ったら、その後、どうする?希望はあるか?」
―――お前は、廃棄だ。
そう言っていただけると、助かります。
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