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第一章 バロン

1:おい、穴。よがり声くらい出せ

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「おい、穴。よがり声くらい出せ」
 四つん這いで男の雄を受け入れている最中、バロンは乱暴に揺さぶられた。
 手入れをしていない、肩まで伸びた明るめの茶色い髪がバサバサと揺れる。痛みに耐えるために顔を敷布に押し付けると、質の悪い肌触りに泣きたくなった。
 ここは、英国の地方都市セブノークスにあるさびれた娼館だ。年末で暇を持て余した男達が大勢やって来ていて、売れっ子ではないバロンも休みなしで相手をさせられている。
「尻だけ突き上げたって、意味がねえだろうがっ」
 ビシッと乾いた音がして、尻に痛みが走った。
 止めてくれと振り向きかけると「こっちを見るなっ!!」と怒鳴られた。
 立て続けに数回また叩かれる。
 男は元兵士。五年前に終結した第三次世界大戦で被弾し指が数本無いが、普通の客よりも何倍も力が強い。
「てめえは、本当にやる気がねえなあ。他のドメインと違って図体はでかいし、色気もねえんだから、演技ぐらいしやがれ。そんなんだから、こんな場末の娼館で最低ランクなんだぞ」
 背後から、きつい言葉が飛んでくる。
 どんなことを言ったって、ドメインは傷つかないと思っているのだろう。
 人間とは非なる存在なのだから。
 バロンは、左手の甲にある数字が羅列された刻印を見て悲しくなる。
 これは、人間とドメインを見分ける印だからだ。
ネット用語では住所という意味だが、細胞学では、細胞データを持った存在という定義がされている。  元々、第三次世界大戦に使用された人型軍事用品で、タイプは二つある。
 一つは、バロンのような人間に近いオールドドメイン。
 人間の核細胞データを元に作られ、感情を持ちオリジナルな学習機能が備わっている。
 第三次世界大戦初期に、死亡した軍人や研究者の核細胞データを使用し作られた。
 左親指の付け根にあるデータ孔と呼ばれる小さな穴からアンプルタイプの栄養剤を注入すれば、肉体はすぐに回復する。高度な兵器もマニュアルを同じ穴からデータをインストールし、その場で使いこなすことができる。
 しかし、コストがかかり過ぎ、第三次世界大戦中期からは、核細胞データを簡易複製したニュードメインというタイプが作られ始めた。
 彼らは感情を持たない。
 戦争も工場の単純作業も『労働』ととらえるので、絶対絶命な状況でも怖気づくことなく上官の命令に従って突撃するし、自爆も躊躇しない。
 英国がこのニュードメインを大量生産し、戦場に送り込んだことで、中東の内戦を端に発した第三次世界大戦は収束を早めたと言われている。
 しかし、バロンは、戦場に出た記憶はなかった。
 もしかしたら、戦場体験はあるにはあるかもしれない。
 オールドドメインは、年数が進むと痛んだ細胞を取り除くスクリーニングという行為が施される。肉体機能は大幅に回復するが、副作用で記憶や細胞情報が削り取られてしまう。
 所有者である人間はその副作用を利用して、オールドドメインの記憶を消し、真っ新な状態にして売り買いを行う。
「ンッ……」
 叩かれるのを恐れ、ベッドの上でもがくと、腰をグッと掴まれ引き寄せられた。
「ロン。どこ行く気だ?」
 男は、バロンの偽名を呼ぶ。
 ここは、きちんとした手続きを踏んでいない違法娼館だから、いるのは所有者の元から逃走したり、窃盗などの罪を犯していたりと訳ありのオールドドメインばかり。偽名を使うのは珍しいことではない。
 百八十五センチ、六十九キロ、二十二才設定年齢の身体が、激しく揺さぶられる。
 部屋では、パンパンと肌がぶつかり合う音と、バロンの口から漏れる悲鳴だけが響く。
 あと、少し。あと少しの我慢だ。
 放たれた液の始末をして、シャワーを浴びて……そして、次の客を受け入れて。
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