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第六章

95:なんか、訳分かんねえほどしてえわ

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 ひったくりから財布を取り戻してやったとき。
 ゲイバーで出会った男にキスされたのを慰めてやったとき。
 闇組織から逃れる計画だって、この移住計画だって。
 でも、違った。
 精神的な停滞を打ち破ってくれるのはいつも零だった。
 病人だからと労ることばかりに神経を注いで、当の病人は身体は弱くても心は最強なのだ。
 それに気づかずにいた。 
 いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。
 だって対等でなくなってしまう。
 欠けた部分を補ってこその二人だったのに。
 けれど、気づいた。
 欠けた部分は、自分自身で補修しなければならないことに。

 夜中に目が覚めた。
 古い映画のような夢を見ていた気がした。
 じんわりと身体の内側から暖かくなるようなストーリーだった。
 ダブルベッドでは零が隣で、プリンターで印字したのか大家に送ってもらった大量の物件チラシを電気スタンドの明かりの下で見ていた。
「起きた?エイトったら海から帰った後、疲れ果てたみたいにコテっと寝ちゃうんだもん」
「夢、見てた」
「どんな?」
「ガキの俺が、古民家カフェにやってきて、玄関が開いたそこには今の俺がいて、好きなケーキを持っていけって。ん?」
 エイトは枕元にあった物件チラシを一枚手繰り寄せる。写真つきのだ。
「夢に見たの、ここだわ」
「おお!今朝出たばかりの物件だって大家さん言ってたよ。ここ、内見させてもらおう。かなりの古家だから、修理が必要そうだけど気長にやろう。エイト、手伝ってくれるよね」
「おう」
 エイトは、携帯で大家にメールを打つ零にまとわりつく。
「あれ……?硬い」
 腰を押し付けたつもりはないのだが、零はすぐに気づいた。
 携帯を枕元に寄せ、エイトの頭ごと抱きしめてくる。
 その胸の中でエイトは言った。
「なんか、訳分かんねえほどしてえわ」
「薬入らずのキメセクになりそうだね」
「俺、どうした?」
「未来に向かって進んでいいいってゴーサインが出したってことでしょ。過去のエイトが」
 零がエイトの耳を喰みながら囁く。
「僕と一緒にね」
 欲望が急に暴れだしてとんでもないことになりそうな予感があった。
 シャワーを浴びるだけだったはずのに、深いキス。
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