【完結】そっといかせて欲しいのに

遊佐ミチル

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第五章

84:おい。やべえぞ。死ぬんじゃないか

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 だが、命というアドバンテージがこっちにあるなら、力関係は変わってくる。コントロールできるには自分の方だ。
 零は考える。
 彼らは暴力には慣れている。
 幾つかの強盗現場を踏んできているならば、どれだけ殴れば、どれだけナイフを刺せば人が死ぬと体感している。でも、病人のことはろくに知らないはず。
 噴水みたいに吐瀉物を吹き出したり、大腸から出血してコルタールみたいな便でおむつが溢れ出したり。健康な人からすれば、末期の人間の身体は視界の暴力にすら感じるはずだ。
 病院暮らしが長かった零はそんなシーンを何度も見てきた。
 彼らに見られないよう自分の腹の拳をゆっくりのめり込ませていく。それは、ちょうど胃のあたり。鼻の粘膜が切れたようで、口の中では血の味がする。これはちょうどいい。
「おえっ」
 胃液いっぱいの吐瀉物には血もかなり混じっていた。
「こいつまた!?」
「殴ってないのに血が混じっている。こいつ、重病なんだろ??死ぬってことか??」
 慌て始める彼らを後目に、零は痙攣の振りを始めた。
 実際に何度も経験しているので、それを思い出しながらやった。
 ひどい痙攣になると、身体全体がおかしな動きをするのだ。
 彼らが末期の病人を見たことがないのなら、恐怖でしかないだろう。
「おい。やべえぞ。死ぬんじゃないか」
「上原に電話しろ」
 零が死んでしまえば、財産は国行きなので、彼らも必死だ。
 きっと自分は、上原がいる病院に連れて行かれる。ヤサに連れていかれて脅されないだけありがたいが、病院に行ったところで即面会謝絶にされる。
 面会謝絶にされてしまえば親族しか病室には入れない。零にはそんな相手はいないので、密室空間の出来上がりだ。意識がぼうっとする薬を打たれ、助けを訴えても、末期患者がよく陥るせん妄状態ということにされ取り合って貰えない。
 そうなる前にエイトを助けなければ。
 マンションの廊下で殺傷事件なんてしでかせば、防犯カメラでばっちり撮られているので即警察に連絡が行くはず。
 押し入ってきた救急隊が不審だとコンシェルジュだって警察に通報しているだろう。ドアまで壊されているのだから。
 闇組織がエイトを即殺すとは思えなかった。
 さっきのナイフでの殺傷がいい例だ。床に血溜まりなんてかなり出血しているように思えるが、あれぐらいの量では人は死なない。脅しと逃走防止のためにやったと考えていい。
 零に最も近づけたのはエイトだ。組織が知らない零の他の資産っているかもしれない。そのことに触れず殺そうとするなら、エイト自身がでっち上げるはずだ。ヤンキー用語で言うフカシというやつだ。

 ちょっと意識飛んで、次の瞬間にはもう病院の廊下のような場所をストレッチャーは走っていた。
 側には上原の顔がある。
 処置室に担ぎ込まれ、数時間もしないうちに個室に移された。
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