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第五章

74:なんか噓みたいだなあ。命がもう僅かなのも、闇組織に追われていることも

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「その分、他の単語も目に入るだろ?それがいいんだよ。これは、ええっと、第二十版か」
 零は箱を掴んで確かめる。
「辞書って作るのが大変らしいんだ。使わなくなった言葉、新しく出来た言葉を入れ替えたり、説明書きを見直したり。この辞書なんて二十回も改定されてるんだよ。昔、辞書作りの映画を見たな。若い編集者が辞書編集部に入って新規の辞書を十年以上かけて作るんだけどさ。あれ面白かった。成し遂げる人って凄いなって。その主人公がさ、対人に難ありでなんか共感しちゃうっていうか。エイトも興味が持てたらそのうち、見てみるといい」
 なんとか、すいじょうのうまでたどりついたエイトが、「水の上。面」と言いながら顔を上げる。
「あれ?水上しかないのか。炊場は無い?小学生用だから載ってないのか」
「辞書に慣れたら、買うわ。もっとムズいやつ」
「そうしよ」
「その映画、一緒に見てみようぜ。零の携帯画面でかいから、飯、食いながらでも」
 エイトが言った何気ない一緒にという単語が、零の心にじんわりとした温かい膜を作る。
 エイトが一口コンロが置かれた小さなキッチンで食事を作ってくれている最中、零は動画の速度を少しでも早くしようと、要らないアプリを次々と消去し始めた。
「こんなアプリ入れてたっけ?」
 見たことのないイラストのアプリがあった。英語のタイトルがついている。
「元から入ってたのかな?」
 次々と消していっていると、食事が出来上がった。
 少し鼻の効きも悪くなったようだ。麺つゆのいい匂いがするはずなのに、それがあまり感じられない。
 その後、二人で身体を寄せ合って、横向きにした携帯画面で映画を見た。
 とても幸せな時間だった。
 好きな人とこういうことがしてみたいと想像したことはあったが、急に叶うとは。
「やっぱいい」
 二時間十五分近くあるそれをエイトの肩に持たれながら見てから零は感想を述べた。
「でも、子供の頃見たのとはまた違った面白さだ。エイトはどうだった?」
「なんか主人公頑張ってんなーって。うーん、なんつうか俺、表現が、そのあれ、少ねえから」
「語彙が少ない」
「ゴイ?」
 エイトがまた辞書を開いて、その言葉を探し始める。
「大家さんに蛍光ペンとシャープペンも頼まなきゃね」
「あと、赤ペンな。ドリルの採点と花丸用」
 零は夕方になるにつれて身体が熱っぽくなるのを感じていた。鼻が潤んできてこすると、鮮血が手の甲についた。
「なんか噓みたいだなあ。命がもう僅かなのも、闇組織に追われていることも」
 エイトが急いでティッシュで拭ってくれた。
「ねえ、エイト。この部屋で死んだらさ、事故物件になって大家さんに迷惑かかるから病院で死のうとは思っている。いよいよ病院に行かなきゃならくなったら、その前に一個だけお願いが ……」
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