【完結】そっといかせて欲しいのに

遊佐ミチル

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第五章

73:残念。そんなことされたら恥ずかしいから、俺が大事に持ってました

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「俺、あんた以上に無趣味かも」
「ちょっとした好きで探したらいいじゃないか。僕、エイトと駅ビルの中でケーキ食べたろ?すごく楽しいって感じたよ」
「あんた、口も喉が腫れて食欲が無いって言ってたよな。あの日、味は感じられたのか?」
「少しだけ」
「なら、めちゃくちゃ甘くしたのを作ってやろうか?チーズケーキとかさ。明日、調理器具とが材料を大家に持ってこさせればいい」
「エイトってお菓子作りもできるの?」
「ムショで飯作りの係だって前、話たろ?ヒモしてたときも女のために飯は作ってたけどさ、あいつらたいてい偏食で。野菜は食わねえし、甘いのは太る、和食は嫌だとかで俺が作るのも偏りがあった。でも、スイジョウは」
 すると、零は大家が持ってきた荷物の中からピンク色の箱に入った分厚い本を取り出した。新品同然の小学生用の辞書だ。
「大家さんが娘さんに小学校入学時にあげようとしてたんだって。もう二十年前のものだけどって言ってた」
「受け取ってもらえなかったことか?」
「かもね。家族関係は聞いたことは無いけれど、大家さんが大学でのポジション争いに疲れて先生を辞めたと同時に、奥さんが出ていっちゃったみたい」
「俺さ、大家のことも疑ったことがあったんだ。もしこいつが、闇組織と繋がっていたらどうしようって。でも完全に間違っていた。大家はあんたのことを小さい頃から知っていていなくなった娘の代わり、つまり息子みたいに思ってきたんだな」
 零は少し頬が熱くなる。強盗にズタズタに引き裂かれてしまったショールでもここに持ってくればよかったと後悔した。
 エイトも零から貰ったリュックから先日買った小二のドリルを取り出す。そして、ついでに銀色のビニール袋に入った二つのグッズも。
 それを見て今度は身体の方が熱くなった。
「ずっとリュックに入れてたの?闇組織が盗んでいったか警察に持っていかれたのかと思ったよ」
「残念。そんなことされたら恥ずかしいから、俺が大事に持ってました」
とエイトがそれを枕元の置く。そして、大家が持ってきたビニール袋を覗いた。
「腹減ったな。そうめんと汁が入っているから、温けえのを作るか。菓子作りは明日な」
「一センチぐらいに短く切ってくれる?それをスープで流し込んだら、食べられるかも」
「おうよ。リクエストはどんどんしてくれよ。なんてったって、スイジョウ……」
「まず、調べよっか」
 零は辞書を箱から取り出し、すの部分を開いた。
 エイトが傍らに座って、辞書に向かって顔を突き出してくる。
 だから、二人のくっつけた腿の間に置いた。
「文字がいっぱいでチカチカすんなあ」
「一度、辞書で引いた字は蛍光ペンとか引くといいよ。その次はシャープペンとかで印を。勉強した気分になるだろ?じゃあ、次は、いを探して」
 エイトの大きな手がたどたどしく辞書をめくり始める。
「その次は、し、小さいよときて、うって順番か」
「そうそう」
「時間かかるなあ。携帯なら一発なのに」
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