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第三章

51:誰かとっ、出会いたいようっ

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「間に合わない。僕、そんなに時間残されていない」
 零は息を吸い込んだ。
「こんなに後悔するならもっと頑張ればよかった」
「十分、頑張っている」
 決壊したかのように涙が溢れ出す。もうこれは止まらない。そんな予感があった。
 エイトが零の頬に手を伸ばし指先で涙を拭う。
「ヒイイイック」と盛大なしゃっくりが出た。たぶん、鼻水だって出ている。
 エイトの手が両頬を軽く押さえつける。
 手袋をしていない彼の手はとても冷たい。
「誰かとっ、出会いたいようっ」
 叫んで訴えるとまた抱きしめてくれた。
 それを望んでいたから、叫んだのかもしれない。
「僕のことを好きだって言ってくれて、大切にしてくれる誰かと」
 鼻水をズルっとすすると、零の頬を抑えていたエイトの手が片方、後頭部に回った。もう片方の手は腰に。
 そっと抱きしめられる。 
 顔が近づいてきた。
 出会った時も思ったけれど、綺麗な鼻梁だ。
 厚い前髪から見える閉じられたまぶた。
 エイトったら何してるんだろうと思っていると、
 ちゅっ。
 可愛らしい音がして、唇をはまれた。
「な、何」
 息がうまく吸えない。
 このキスの意味が分からない。
 でも、心は今まで生きてきた中で一番満たされてた。
 過去二回、病気の寛解を告げられた時以上だった。
 零が望む丁寧なキスだった。
 なのに、自分は鼻水を垂らして泣き叫んでいて。
「お汁粉味のファーストキスなんてそうそう無いぜ」
 このキスは、内藤とのキスを完全に取り消しす行為なんだと気づいた。
「うわああああん」と零はエイトの胸の中で声を上げる。
 ダッフルコートに鼻水がつく。 
 それに気づいたエイトが笑って零の髪を撫でる。
 ああ、この人ちゃんと笑えるんだとこんな状況なのに思った。
 そして、彼はどんな零でもいいと態度で示してくれている気がした。
「冷える。そろそろ帰るぞ」
 零から離れエイトが先に歩き出す。
 別離が寂しい。いつまでも密着しあっていたい。
 同情から示された行為にいつまでもすがっていては駄目だなと寂しい気持ちを抱えて佇ずんでいると、エイトが数歩行ってから振り返って迷ったように手を出してきた。
「暗いとこなら恥ずかしくないだろ」
 手を握ると、中指にされた指輪の感触が伝わってくいる。
 歩き出すとエイトが独り言のように言った。
「俺さ、感情ぶっ壊れているから泣いた記憶ってねえよなあって思ってたんだ。でも、あったわ。あんまり母親が帰ってこなくて、このまま俺は捨てられるじゃないかって思って。腹減って餓死の手前だったはずなのに、心配は捨てられることでさ。隣の家の女が俺のことを探し回ってくれて、こうやって手を引いて帰ってくれたんだ」
 零は手の甲で涙を拭ったとき、甘い匂いを感じた。
 お汁粉を飲んだときに口の端についたのだ。もしくはエイトのキスでついたもの。
 甘ったるいそれをペロッと舐めると、愛情ってもしかしたらこんな味なんじゃないかと思えた。

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