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第三章

49:キスさせて。駄目?

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 頷き、「面倒くさいでしょ。こういうの」と答えると、「嫌いじゃないよ。むしろ好き」と急に抱きしめられた。
 彼の首筋からはすっきりとした香りが漂う。
「キスさせて。駄目?」
 全然、心の準備が出来ていない。
 展開が早すぎる。ついていけない。
「あの、ちょっと……」
「大丈夫。激しくしないから。人の視線が気になる?じゃあこっち」
 内藤が路地に零を手招きする。
 戸惑いながら着いていくと、また抱きしめられた。
 そして、「もーらった」と歌うようにして、唇を重ねてきた。
 ふざけられたのが、何だか嫌だった。
 こっちが初めてだと分かっているなら、もっと丁重にして欲しかった。
 キスだって想像してたのと全然違った。
 全然、ふんわりしていない。ゴムのようなものを押し当てられている感覚だ。当然、気持ちが良くない。
 内藤は見た目的に好きなタイプだ。ゴツゴツしてなくて、柔和で。
 つまりそれはレスラーに近い体型をした喜怒哀楽の少ない、大寒波の日に拾った男とはほど遠く。
 待って、エイトは関係ないじゃないかと思っていると、舌が少しだけ入ってきて零はうめいた。
 それを内藤は快楽の声を捉えたらしい。
 一旦唇を話し、
「どうする?保護者に内緒でこのままホテルに行く?あとで携帯に連絡すればいい」
 この男、セックスしようと誘っているのだと思うと、一瞬で頭に血が昇った。
 自分はそこまで即物的じゃない。
 段階を踏んで、相手のことがわかった上でしたい。
 十分も話していないのに、ホテルだなんて。
 零は内藤を突き飛ばした。
 そのまま人通りの多い方に向かって駆け出す。
「おい、ちょっと!」
 内藤が叫ぶ声がしたが、振り返らなかった。
 彼は追ってくる気はないらしく、追いかけてくる足音は聞こえてこなかった。
 零は百メートルほど行った先でようやく駆けるのを止めた。
 走ったのは久しぶりだ。元々筋力がないのに、さらに出歩かなくなっていたので、足がかくかくした。
「エイト、置いてきちゃった」 
 財布の入った鞄もあの中だ。
「店に戻るの嫌だな」
 唇を拭うと、急にぶわっと涙が溢れ始めた。
「あれ?何これ」
 身体には抱きしめられた感覚が、鼻先には香水の香りがまだ残っていた。
 通り過ぎる人がジロジロ見るので、暗がりに隠れようとすると、大股に駆けてくる足音があった。零の隣で立ち止まったのは似合わないダッフルコートを着て零の鞄を持ったくせ毛の男だ。
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