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第一章

7:八日生まれだからエイト。漢字もそれだ

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「八日生まれだからエイト。漢字もそれだ」
「あ、うん」
 零はその様子に焦ってしまった。
 たかが名前を名乗るだけなのに。
 それにしても八日と書いてエイトと読ませるなんて不思議な名前だ。
 エイトはすっと零から視線をそらせた。部屋に入って紐でくくられた本の山を見て、
「引っ越すのか?」
「ううん。物を減らしていかなきゃならなくて。でも、ゴミ捨て場まで行けずにくじけた」
「場所さえ教えてくれれば、捨ててきてやるよ。避難所を提供してくれたし」
「泊めるのは、財布と取り戻してくれたお礼と、怪我させてしまったお詫びだから。さ、こたつにどうぞ」
 零はエイトに暖かい場所を勧めた後、廊下横の細長いキッチンの水道から電気ケトルに水を汲みセットする。
 エイトは、零があげたコートを着たまま冬眠している熊みたいに背中を丸めてこたつに潜りこんでいた。「最高だ」という呟きが聞こえてきた。
 子供が安堵するような姿だ。
 ガタイがいいせいでコートの背中はピチピチ。自分のせいとはいえ、頭から出血している男臭い相手なのに。
 自分に好みというのがあるとすれば、全然違うなと思った。
 子供の頃から惹かれるのは年の離れた大人で、知的な感じのする人だ。
 それも、全員同性。
 普段と違う選択をすると心に決めたのなら、自分から迫ってみるのもいいかもしれない。
 エイトからは、同性を好きという雰囲気は微塵も感じられないから殴られると思うけど。
 だから、寒いキッチンで一人笑う。
 湧いた湯でコーヒーを淹れて差し出すと、エイトはマグカップでひとしきり指先を温めてから飲み始めた。
「うまい。高級な豆ってやつで入れたろ」
「ただのインスタントだよ」
「めちゃくちゃ濃く感じる。味覚がおかしくなってんのかな、俺」
 舌をぺろりと出し、指先で突く。赤い舌が艶めかしかった。
「エイト君が本当にムショ帰りってやつなら、ああいうところじゃ飲めないんでしょ?味覚が初期設定状態になったんだよ。大昔は、コーヒーやチョコレートはかなりの刺激物で鼻血とか出す人もいたらしいし」
 ベットとこたつの細い隙間を抜けて向かい側の席に座った零をエイトがちらっと眺めた後、「かゆい」と一言言った。
「え?しばらくクリーニングに出してないコートだけどダニいないはずだよ。部屋はいつも綺麗にしているし」
「違う。呼び方。エイトでいい。君とか付けられると調子狂う」
「う、うん」
 急にそんなことを言われて零は戸惑った。
 呼び捨てなんて、他人からいきなり友達に昇格したようなものだ。
「僕は零。同じく呼び捨ててもらっていいよ」
 すると、エイトが軽く睨んできた。
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