【完結】そっといかせて欲しいのに

遊佐ミチル

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第一章

6:怖くねえの、俺のこと?

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 零は自分がからかわれているのでは?と思った。
「あそこにいる人たちって皆、坊主頭だろ」
「三ヶ月前から髪は伸ばせる。場所は川越刑務所」
「へえ。川越に刑務所なんてあるんだ。初耳」
 半袖男がようやく振り向く。
「これで、もう部屋来るって言えないだろ?俺、ショーシンショーメー犯罪者だし。特殊詐欺で三年。実刑。満期出所」
 二人して沈黙している間、半袖男は顔を歪めていた。それは、寒さから来るものだけでは無いのが零には感じ取れた。自分だってきっと同じような顔をしている。
 不安なのだ。どうしようもなく。
 半袖男は凍死しかねない現状に。零は閉ざされてしまった未来に。 
「行くあてが無さそうな俺にジヒの心ってのを出しちゃってんの?なんで、俺が素早く動けたか不思議に思わないのか?俺もぼんやりしているあんたなら、財布を奪いやすそうだなって思ってたんだよ。実際にやったりはしねえけどよ。だから、先手を打たれて俺の獲物に手を出しやがってって腹が立って、気がついたらあの野郎に蹴りを入れた」
「ひったくりもやったことあるの?」
「ガキの頃に」
「正直だね」
「アホ。すぐに騙されやがって。特殊詐欺で三年だって噓かもしれないじゃないか」
「じゃあ、刑務所に入ってたってことだって噓かもしれないね。うう、寒い。もう限界。行こ」
 あえてそっけなくし、零は自分のマンションに向かって歩き出す。
 振り向かない。
 振り向きたいけれど、あえてそうしない。
 独り言のように言う。
「これまでの僕なら、君みたいないかついタイプには声をかけるどころか近づきもしなかった。でも、真逆のことをしようって決めたんだ」
「なんでまた?いつ?」
 声だけが追いかけてくる。
「理由はここじゃあ話したくない。重くなるし。いつ?になら返答できる。さっき。コンビニに買い出しに行く直前」
 やがて、同じ方向に歩き出す足音が聞こえてきた。
「さっき、言った事、全部本当だからな。怖くねえの、俺のこと?」
「根っからの犯罪者なら、普通隠すよね?」
「明日には強盗殺人の被害者が部屋に転がっているかもな」
 零は立ち止まって「いいよ。それでも」と言うと、止まりきれなかった半袖男が背中にぶつかってくる。そして、
「よくねえわ。俺が」
と低い声で言って、いたずらするように零をドンッと膝で押してきた。

 狭い三和土の端でスニーカーを脱いだ半袖男はきっりとそれを揃えて中に入った。こういうタイプなら脱ぎ散らかしそうなものなのに、ギャップのある男だ。
 エントランス付近で名前を聞くと、三階の玄関に着いたときにようやく「エイトだ」と名乗った。
 栄斗だろうか、それとも瑛人?漢字を脳内で浮かべていると、半袖男は零の目を見つめ覚悟を決めたみたいに言う。
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