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第一章

5:言ったろ、ムショ帰りだって。今日出てきた

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「ここで待っていて。絶対に待っていてよね」
 零はマンション近くの小道で念を押して半袖男を待たせる。そして、小走りに駆け出した。エレベーターを待つのももどかしい。玄関を開けると部屋は暗かった。電気を着け、ゴミ袋に詰めたコートやシャツ、セーターをクローゼットから取り出し小脇に抱える。洗面所から綺麗なタオル、そして再度部屋に戻って救急箱から消毒液を取り出した。
 半袖男は犬のように大人しく別れた場所で零を待っていた。
 服を次々に差し出すと、「いいのか?」と問いかけてくる。
「処分しようと思っていたから。あとこれ。」
 半袖男がコートを羽織った後、消毒液とタオルを渡す。
 Tシャツの肩についた血も隠れようやく不信感が減ったなと零が思っていると、彼が、消毒液とタオルをポケットに突っ込みながら感情無く笑う。 
「こういうのって初めて着た。いいとこの坊っちゃんみたいだ」
 黒いトングが付いた変哲もない茶色のダッフルコートなのだが、アウトロー感漂う半袖男が着ると確かに似合わない。しかも、少し小さそうだ。肉体を誇張するかのように胸のあたりがピチピチだった。
「駅の逆側にさ、ネカフェあったよな?」
「そこ潰れたよ。今はリユースショップが入っている」
「いつ?」
「三年ぐらい前。ウイルス騒ぎで営業が規制されて、細々とやっていた小さいとこは結構潰れたんじゃないかな」
「マジかよ。あそこ激安でよかったのに。じゃあ、池袋か新宿に出るしかねえか」
「もしかして、泊まるとこないの?公共機関は次々と止まり始めているよ」
「ダイカンパ、ぱねえな」
 半袖男はさっきよりちらつき始めた雪を見て、軽くため息を付きながら「服、どうもな」と言って、零に背を向けた。零といつまでも一緒にいてもしょうがないと思ったらしい。
「あの……」
 呼び止めてしまった。
 通っている大学は春休みで、誰かと世間話をするのは久しぶりだったから。
 刑務所から出てきたばかりと笑えない冗談を言う男であっても、もっと喋っていたかった。
 午前中に行った病院で最悪なことを告げられて、誰かにすがりたくてしょうがなかった。
「本当に大丈夫?」
 反応はない。
 遠ざかっていく背中に、
「部屋来る?」
と少し声を大きくすると、半袖男が振り向かずに「あんたさあ」と言った。
「茶色のマンションに住んでいるだろ?部屋は三階の角」
 少し離れた場所で待たせたはずだった。なのにマンションどころか部屋の位置まで把握していた。さすがにちょっと薄気味悪くなる。
「さっきの財布のひったくりの件もそうだけど不用心すぎる。身知らずの俺に部屋の位置まで知られて、空き巣被害に遭ったらどうする?強盗に入られたって文句は言えないぜ」
「もしかして、警察の人?最近、振込詐欺の注意喚起でATMの入り口に立っていたりするよね」
「違う。ポリの世話になってた人。言ったろ、ムショ帰りだって。今日出てきた」
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