【完結】そっといかせて欲しいのに

遊佐ミチル

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第一章

2:空気、痛い

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 テレビやネットでは、『政府からのお願いです。不要不急の外出を控えて、暖かくした室内で過ごしてください』とひっきりなしのお知らせが続いていた。
 いわゆる、東京大寒波というものだ。
 霧島零は部屋の片側半分近くをベットが占拠する狭い1DKに置かれたこたつに潜り込んで、ぼうっとしていた。
 いつ、テレビを付けたのか、そもそもどうやってこのに部屋に帰ってきたのか覚えていない。
 部屋は少し乱れていた。
 中途半端に掃除した跡がある。
 紐で縛られた本、ゴミ袋に入れられた雑貨類。
 いつも熱っぽくてだるい身体がさらに悪化して、途中で投げ出したのだった。
 でも、体調不良には慣れている。
「寒い」
と呟き、エアコンの温度を上げる。
 普段でも暑いぐらいにしているのにこれだけ冷えるとは、相当外気が低い証拠だ。マンション全体が冷えきっている。
「水道の水は細く出しておいた方がいいのかな。どの家でもエアコンを動かすだろうから電力不足で停電したりして。じゃあ、先に電子レンジでチンする湯たんぽを…」
 ハハッと自嘲してしまった。
 まだ足掻こうとしている。
 意味ないのに。
 大寒波のお陰で静かな夜になりそうだ。それが嫌だなと思った。考えたくないことを考えてしまう。
 こんな日は酒がいい。ジャンクフードやインスタントラーメン、高カロリーなスイーツなんかも。
 ベットの端にあるクローゼットを開けて、コートを着込む。床には捨てる服をまとめたゴミ袋がニ袋あった。そのうち二十四時間利用可能なゴミステーションへ捨てに行かなければならないが、億劫でたまらない。
 コートのポケットに入っていた手袋を着け、こたつの側に投げ出していた鞄の中から長財布だけ取り出し玄関で靴を履く。エレベーターで下へ。小さなエントランスを抜け外に出る。
 築五十年になるマンションは、外観が渋い茶色のせいでさらに年季を感じる。
 周りは住宅街でいつも静かだが今日はことさらだ。
「空気、痛い」
 真っ白い息が暗くなりかけた暗くなりかけている空に溶けていった。むき出しの頬や首筋に刺すような痛みを伝えてくる。
 いつもの自分ならこんな日に外出なんて絶対にしない。部屋を暖かくし、加湿器をガンガンにつけて、栄養のある食事、例えば鍋とかを作る。
 自分の身体に入るものに気を使って、夜更かしはせず、かといって寝坊もすることなく、身体を疲れさせる行為もしない。
 生きてきて三分の一以上はそんな生活だった。
 それは無駄な努力だったと今日解ったけれども。
 歩いて数分の場所にあるコンビニは、住宅街を抜けた場所にある。大きな道路が走っていて、歩道には街路樹。それを囲むようにした丸いベンチ。ちょっとした商店街になっていて、古着屋や携帯ショップ、カラオケ屋などが入っている。昔は賑やかだったが、数年前に起こったウイルス騒ぎで客足が遠のいた飲食店が潰れ空き店舗がなかなか埋まらない。
 コンビニの中に入ると、いつもならぎっちりと詰まっているカップラーメン類の棚に空白が目立つ。大寒波に備えて買いだめをしていく人が多いのだろう。いくつか手にとって籠に入れた。続いてスナック菓子も。そしてスイーツも手当たり次第。すぐに籠いっぱいの量になった。
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