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おまけのバットゥータ

162:どうも、俺、盛られちゃったみたいなんですよ

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 イスタンブールの住まいは、アドリーの館のわりと近く。
 でも、広々とした館ではない。
 半年しか住まない家なので、家財は最低限しか置いていない。もちろん使用人も雇っていない。
 そこにたまに訪ねてくるのは、アドリーと小鳥ぐらい。
 バットゥータに小さな頃からべったりだったスレイヤーは、商用の旅までついてくるようになったので、毎日、顔を合わせている。
 彼が十歳の頃からだ。
 いずれスレイヤーが、アドリーの館を引き継ぐから、商用の修行を始めるのに早いに越したことはないが、空腹は一度として経験したことはなく、着るものは上等なのがふんだんにあり、根っからのお坊ちゃん育ち。大きな館の次期当主であるという自覚は微塵もない。物見遊山でバットゥータについてきているだけだ。
 それに、スレイヤーがバットゥータに帯同する真の目的は他にあることは前々から知っている。
 布団に寝転がる十四才の少年の姿は無く、代わりにあったのは、敷布に点々と散らばる血のシミだった。
「やられた」
と叫んで、バットゥータは立ち上がる。
「……この頭の痛さ。ようやく意味が分かった。……とにかく、アドリー様の館に行かないと」
 まっすぐ歩き出したはずなのに、壁にぶつかる。
「床がぐるぐる回る。いや、回っているのは、俺の目か」
 なんとか外に出て、庭にある井戸に釣瓶を落とし、水を汲んで頭からかぶる。
 もう一度、汲んだ水を飲み干し、少し落ち着くと、服を絞って歩き出す。
 館になんとかたどり着き、ムアーウィアから彼の息子に代替わりした若い門番に事情を話す。
 人目を避けるようにしてアドリーの私室に通される。座っているのもしんどくなり、絨毯に寝転がる。
 廊下を走る足音が近づいてきた。
「バットゥータ!どうしたっ!」
 大声を上げたのは、アドリーだ。
 そして、傍らに座したのが小鳥。
 バットゥータの額や首筋に手を伸ばしてきて、熱を確かめる。
「あ、病気じゃないんで」
とまず二人を安心させた。
「何だよ。お前が物も満足に言えないほどふらふらだっていうから、仕事を投げ出して駆けつけてやったのに、ただの二日酔いか」
とアドリーが少し呆れる。
「スレイヤー様は?」
「朝帰り。今朝、コソコソ帰ってきたって門番が。二人して飲んでたのか?戒律ってもんがあるんだから、大っぴらに飲むな。程々にしろ」
「よかった。館にはいるのか」
 バットゥータは胸を撫で下ろす。
「こんな身体でこちらにお邪魔しちゃって申し訳ないんですが、」
と身体を起こした。
「おい。まだ酒が抜けていないなら、寝とけ」
とアドリーが言うが、バットゥータはそれを制する。
「どうも、俺、盛られちゃったみたいなんですよ」
「盛られた?何を?」
 アドリーの眉間にシワが寄った。
 童顔だった顔も今は少し若めの中年に変わって、それはそれで魅力的なのだが、当人は鈍感なので気づいていない。きっと、小鳥さえ自分を見てくれればそれでいいと思っている。
 ああ、腹立つと、思いながらバットゥータは答えた。
 初恋はとうに色あせたが、たまにこうやって蘇ってきてバットゥータを苦しめることがあるのだ。
「薬です。感じたことのない気持ち悪さなので、たぶん、西洋の物かと。昨晩の意識が飛んでますし。あと、俺の家の敷布に結構な数の血のシミが」
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