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第九章

152:あの夏の続きをしようって言ってんの、オレは

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「んで、オレも、お前が専任で足の看病してくれるようになってから、香を半分に減らしてちょっとばかし意識保ってだんだ。過去なんて思い出したって何になるだって思ったんだけど、お前のことを迎えに行くべきだってバットゥータはうるせえし」
『僕を?ここにいるよ?』
 アドリーは小鳥の頬の涙を親指で拭って、人差し指を涙で濡れた唇に押し当てた。
「お前さ、好きなのはラシードだって言ったことあったよな?」
『……』
「な?」
『そんなことまで覚えているの?寝たふりなんてずるいよ』
 指を押し当てられたまま、小鳥が唇を動かすものだから、くすぐったくてたまらない。
「だって、お前、そうでもしないと本音言わねえし。オレもオレで、覚えておけねえし」
 そのままアドリーは、自身の唇を近づける。
 指を引き抜いて唇を押し当てたら、どんなに気持ちがいいだろうと思った。
 そうだ。
 小鳥の唇を難なく読めたのは、そのずっと前からこの唇を見つめていたからだ。
 歌わせたい一方で、塞ぎたくもなる。
 この甘い気持ちは、ラシードがずっと温めていたものだ。
 アドリーはそれをそっと受け取って、小鳥へと伝える準備を始めた。
「お前、ラシードに会いたい?」
 指が一本挟まれているとはいえ、唇を押し付けられ、小鳥は驚いたようだ。
 目を見開いたまま、コクコクと頷いている。
「よし。じゃあ、宿行こうぜ」
 アドリーは立ち上がる。
『宿??もしかして、ずっと足が痛かったの?気づかなくてごめん』
 急いで手紙をポケットに仕舞う小鳥を見て、アドリーは笑う。
 そして、杖を掴んで立ち上がった。
「違う。あの夏の続きをしようって言ってんの、オレは。ラシードは明日死ぬかもしれない人生を生きてきて、たぶん、恋をしてみたかったんだと思うんだ。相手はもちろんお前。でもさ、お前にお召をかけている相手に怖気づいて、無理やり事を運ぼうして、お前にキレられた」
 アドリーが喋り続けると、小鳥が呆けたような表情をする。
『……アドリー様。……記憶、全部、戻ったの?』
「まだまだぼんやりとしているけれどな。以前、お前に、ラシードはもう死んだって言ったけど、名前は変わってもオレはオレのままだった。魂の部分まで変わりゃしない。そう気づいた。それは、記憶が曖昧だって変わらない。ほら、一緒に宿に行く気があるなら、オレの袖を掴め。昔みてえに、手を連れて引いて行ってやりてえけど、杖付きながらだとそれも難しい。あ~あ、早く足、治んねえかなって、おいっ」
 照れくさくて別方向を向いて喋っていると、小鳥の目が大洪水になっていた。
 ついでに鼻の方もだ。
「さっき、泣き止んでなっかったっけ?オレ、傷つけること言ったか?何がそんなに悲しかったんだ?ん?」 
 すると、小鳥が、
『僕はっ』
と吐き出すように言った。
『スレイヤーが死にそうになったとき、神様に名前を返した』
「ああ、そうだったな」
『僕の願いは、僕が僕に戻れますように、だった』
 アドリーは、一度、小鳥が見せれくれた不完全になってしまった下半身を思い出す。
 きっと、小鳥は産まれたままの姿に戻りたいと、叶わないと分かっていても神様に願いたかったのだ。
『でも、僕はどこまでいっても僕だった。声変わりして歌が満足に歌えなくなっても、声が出なくなっても、スレイヤーが生まれても。だから、……ここ』
 小鳥が自身の下半身を擦る。
『あってもなくても僕は僕ってようやく分かった。オレはオレだってアドリー様、言った時に、ああ、一緒だなって、そうしたら、泣けてきた。どうしょう、涙が止まらないよう』
「わかったから、掴めって」
 アドリーは小鳥に袖を掴ませ歩き出す。
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