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第七章
128:今夜だけだからな
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『ムラト三世の死因。原因不明の急死ってなっているけれど、本当は心臓に負担がかかる薬を母后の勧めでずっと飲まなければならなかったからだろうって。つまり、夜の方が活発になる薬。でも、そんな薬を飲んでいたってラシード様が生まれて以降、寵姫たちは誰も子供を産んでいないから、きっとムラト三世も、自分が亡くなった後に起こる兄弟殺しのことには、心を痛めていたんだろうって。それをアフメト一世は折を見て伝えてくれって』
「折りを見て、ねえ」
『……怒った?』
「正直、伝えてくれてありがとうとは思わねえな」
話す時期を間違えたかと僕は後悔したが、
「だって、どういう理由があっても、年端の行かないお前を寝所に招いていいわけはないだろ」
とアドリーは僕の想像の斜め上のことを言う。
『もしかして、僕のために怒ってくれてる?』
「もしかしなくても、そうだ」
『褒美もたくさん貰ったし、何も出来ない僕にムラト三世はものすごく優しかったよ?』
アドリーの父親を必死で援護しながら、僕は胸の内が苦しくなってきた。
嘘なんかついていない。
僕は、ムラト三世が父親みたいで好きだった。
それは真実なはずなのに。
「褒美が出ようが、優しくされようが、褒められた行為じゃねえだろ?」
『そう……だね。ごめん』
「お前が謝ることでもねえし。でも---辛いことさせたな。謝らせたい相手はもうこの世にはいねえし、オレが謝っとくわ」
不意の謝罪に僕は、口元を押さえる。
急に夜の小鳥になれと言われて、最初は訳がわからなかったこと。
スルタンの寝所に押し込まれて、ただただ怖かったこと。
そして、抱かれて精を放たれて、頭が真っ白になったこと。
ムラト三世本人に泣きつきたかったのに、それが出来なかったこと。
未消化の長年の感情が湧いてきて、悲しいとは違う熱い涙が流れ出した。
「戻ってこい」
そう言って、彼は寝台に上がって、本を読み始める。
そして、こっちと敷布の上を叩いた。
だから、僕は寝台に駆け寄っていって、絨毯にひざまずき、上半身だけ敷布の上に身をもたせた。
だって、寝台の上はバットゥータのものだから。
「犬みてえ」
アドリーが目を細めて笑う。
そして、
「今夜だけだからな」
と言って、随分長い間、僕の頭を撫でてくれた。
「折りを見て、ねえ」
『……怒った?』
「正直、伝えてくれてありがとうとは思わねえな」
話す時期を間違えたかと僕は後悔したが、
「だって、どういう理由があっても、年端の行かないお前を寝所に招いていいわけはないだろ」
とアドリーは僕の想像の斜め上のことを言う。
『もしかして、僕のために怒ってくれてる?』
「もしかしなくても、そうだ」
『褒美もたくさん貰ったし、何も出来ない僕にムラト三世はものすごく優しかったよ?』
アドリーの父親を必死で援護しながら、僕は胸の内が苦しくなってきた。
嘘なんかついていない。
僕は、ムラト三世が父親みたいで好きだった。
それは真実なはずなのに。
「褒美が出ようが、優しくされようが、褒められた行為じゃねえだろ?」
『そう……だね。ごめん』
「お前が謝ることでもねえし。でも---辛いことさせたな。謝らせたい相手はもうこの世にはいねえし、オレが謝っとくわ」
不意の謝罪に僕は、口元を押さえる。
急に夜の小鳥になれと言われて、最初は訳がわからなかったこと。
スルタンの寝所に押し込まれて、ただただ怖かったこと。
そして、抱かれて精を放たれて、頭が真っ白になったこと。
ムラト三世本人に泣きつきたかったのに、それが出来なかったこと。
未消化の長年の感情が湧いてきて、悲しいとは違う熱い涙が流れ出した。
「戻ってこい」
そう言って、彼は寝台に上がって、本を読み始める。
そして、こっちと敷布の上を叩いた。
だから、僕は寝台に駆け寄っていって、絨毯にひざまずき、上半身だけ敷布の上に身をもたせた。
だって、寝台の上はバットゥータのものだから。
「犬みてえ」
アドリーが目を細めて笑う。
そして、
「今夜だけだからな」
と言って、随分長い間、僕の頭を撫でてくれた。
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