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第七章

124:僕はかつて、アドリー様っていうか、ラシード様のことが好きで

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 爆音の泣き声を覚悟したが、バットゥータが赤ん坊の肩や背中のあたりを軽く叩きながら揺すると、逆にきゃっきゃっと笑い声が上がる。
 この生き物は、こんな些細なこと楽しくなれるらしい。
「あのさあ。ローマに戻りたくない理由を今、俺に話そうとしているだろ?でも、あんたが世話になっているのは、アドリー様なんだから、順番が違う。あの人、心の傷みたいなのには食いつきがいいからさ、同情を誘えると思うぞ」
『バットゥータらしくない。そんな表現』
 すると、彼は肩をすくめる。
「なんだかんだ言って同類が好きなんだ、アドリー様は。俺が気に入られたのも、コーカサスの村をオスマン帝国の兵に焼かれ、両親共々この国で奴隷にされたから。ガジアンテプの商家に売られそうになって、その理由が解放されたらコーカサスに戻りやすいっていう理由だったんだけど、戻る場所がないって素直に言った。怖かったけどな。そっからだよ。仲良くなれたのは。もちろん正直に言って利用されたり、馬鹿にされたりすることもあるだろうよ。けど、信じたい人を見つけたら、正直になればいいってのはあの経験からきてるな、俺は」
『……頑張ってみる』
「ってことで帰ろうぜ。赤ん坊も冷えちまう」
 バットゥータが身体を曲げて、赤ん坊に顔を埋める。
 きゃっきゃっとまた笑い声が上がった。
 立ち上がったバットゥータは、館の方へと足を向ける。
『バットゥータ。聞きたいことがある』
と書いた紙を差し出すと、バットゥータがランプをかざした。
「何?」
『どうして、そこまで可愛がることができるの?アドリー様の赤ん坊だったら分かるよ。でも、僕の血を継いでいる。そして、僕はかつて、アドリー様っていうか、ラシード様のことが好きで』
「う~ん」
とバットゥータが文字を目で追いながら唸る。
「でも、赤ん坊は赤ん坊だろ?突き詰めて考えても突き詰めて考えなくても。で、あんたもアドリー様もロクな世話ができないから、その仕事は必然と俺に回ってきて。でも、赤ん坊だけに時間を割けないから、こういう抱き方を工夫したり、泣き止ます方法を考えたりしているうちにコツが分かってきて楽しくなってきた。それだけだ」
『難しく考える僕は馬鹿?』
「俺はこの赤ん坊にそこまでこだわりがないから、仕事としてできるだけで、あんたはこの赤ん坊の出自に対して納得できてないんだろ?そこんとこも、解消しといたら?」
『どうやって?』
「さあ?それは、あんたが考えることだ。うう、寒っ。そろそろ本気で帰ろうぜ。帰ったらあんたはアドリー様の部屋に直行な」
 アフメト一世からの伝言も伝えなければならないだろうしなあと思いながら僕が素直に頷くと、「お?」とバットゥータが目を丸くした。

「アドリー様」
 バットゥータがアドリーの私室の扉を叩くと、「入れ」という声が聞こえてきた。
「じゃあな」
とバットゥータが僕の背中を押し、一人だけ部屋に入れようとする。
『な、何で?バットゥータは??』
 必死に表情で訴えると、彼の胸の中で赤ん坊が今にもぐずりそうな顔をしていた。
「何だ、小鳥だけかよ」
 アドリーの声に僕が振り向いているうちに、バットゥータは扉を締めてしまった。
 こうなれば一人でやるしかない。
『話が』
 遠くては唇が読めないだろうから、近寄っていく。
 寝台で本を広げていたアドリーは、それを閉じソファーへ移ろうとした。
 支えたほうがいいのかなと思って手を伸ばすと、「いいよ。お前は」と断られてしまった。
 アドリーがソファーに座り、僕は絨毯にあぐらをかく。
「で、何?出ていく日付でも決まったか?宮廷が取り戻してきてくれたお前の褒美はひとまずオレが保管しているから、先に船代とか必要なら」
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