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第六章
114:ああいう風に泣かれてしまうとな
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壁に背中がぶつかって、バットゥータはアドリーを離した。
「今から会う女の顔を見て、自分がどうなるか予測が付かねえんだよ。どなり散らすのか、首でも絞めてやろうとするのか。小鳥がプロフに物凄い形相で突っかかっていったときの感情が今らなら分かる」
アドリーが、黙った。そして、歩き出す。
路地裏に光が差してきて、見ているバットゥータには、彼の後ろ姿が眩しかった。
モスクに入る。
男女別に分けられているので、同じ部屋にいることはできない。
それは、息子と母であっても変わらない。
複雑な模様の格子の壁から、奥を覗くことが出来た。
数人入れば息苦しくなるような広さの礼拝所だ。
高い位置に窓があり、昼の太陽の光を伝えてくる。
女性が一人いる。
胸の前で手を合わせ、怯えたように立っていた。
「母上」
アドリーの呟きに、女性はすぐに気づいたようだ。
飛びつくようにして格子の側にやってきて泣き始める。
バットゥータが背後から見る限り、アドリーは動揺はしていないようだった。
ただ、あっけに取られていた。
「ラシード」
名前を呼ばれ我に返ったのか、杖を投げ出して進んでいく。
倒れては大変だとバットゥータは、万が一に備えて側に寄っていく。
扉を開けて壁伝いに礼拝所に入っていったアドリーに、女性が寄ってくる。
そして、足元にひざまずいて泣き始めた。
その様子を黙って見ていたアドリーは、泣き笑いの表情で戸惑ったように手を伸ばし、女性の背中を数回、撫でた。
再会を終えて、アドリーとバットゥータはモスクを出た。
時間にしてほんの数分だ。
「こんなに早くにお別れしてよかったんですか?」
「オレにとっては十分長い時間だった。足を壊す以外に策は無かったのか?十五年間一度も、顔を見たいと思ったことはなかったのか?っていろいろ問い詰めてやりたい気持があったんだが、ああいう風に泣かれてしまうとな」
「今までで一番スッキリした顔をされています」
「心の中のドロッとしたのが、吐き出されたような、そんな気分だ。気持ちがいい」
アドリーが目を細める。
自分じゃこんな満ち足りた顔をさせてあげられないとバットゥータは思った。
「そりゃあ、よかった。成長されたんですね」
「お前は、いちいち上から目線なんだよ。小鳥の本名も聞き出せなかったくせに」
アドリーが軽く睨んでくる。
「その件はすみません。サフィア妃のお付きの方には、お召があっただいたいの時期を伝えておきました。ただ、やはり、現スルタンに伺いを立てないとということでした。サフィア妃はそのことに大反対されているので再度、確認をと」
「アフメト一世に土産を渡したいというオレの気持ちは変わらないと言っておいてくれ」
「その土産って何なんですか?気になるんですけど」
「いいから。さっさと伝えてきてくれ。あとな……」
モスクに戻りかけたバットゥータは足を止める。
「何です?追加で伝えたいことですか?」
「いや……。その」
アドリーが明後日の方向を向きながら言う。
「再度、機会を設けてもらえるのならば、今度はゆっくり、と」
「分かりましたっ!!」
「お前、声、でかいよ」
「今すぐ、伝えてきます!!」
「だから、声」
呆れながらアドリーが笑う。
今まで見た中で、最高の笑顔だとバットゥータは思った。
「今から会う女の顔を見て、自分がどうなるか予測が付かねえんだよ。どなり散らすのか、首でも絞めてやろうとするのか。小鳥がプロフに物凄い形相で突っかかっていったときの感情が今らなら分かる」
アドリーが、黙った。そして、歩き出す。
路地裏に光が差してきて、見ているバットゥータには、彼の後ろ姿が眩しかった。
モスクに入る。
男女別に分けられているので、同じ部屋にいることはできない。
それは、息子と母であっても変わらない。
複雑な模様の格子の壁から、奥を覗くことが出来た。
数人入れば息苦しくなるような広さの礼拝所だ。
高い位置に窓があり、昼の太陽の光を伝えてくる。
女性が一人いる。
胸の前で手を合わせ、怯えたように立っていた。
「母上」
アドリーの呟きに、女性はすぐに気づいたようだ。
飛びつくようにして格子の側にやってきて泣き始める。
バットゥータが背後から見る限り、アドリーは動揺はしていないようだった。
ただ、あっけに取られていた。
「ラシード」
名前を呼ばれ我に返ったのか、杖を投げ出して進んでいく。
倒れては大変だとバットゥータは、万が一に備えて側に寄っていく。
扉を開けて壁伝いに礼拝所に入っていったアドリーに、女性が寄ってくる。
そして、足元にひざまずいて泣き始めた。
その様子を黙って見ていたアドリーは、泣き笑いの表情で戸惑ったように手を伸ばし、女性の背中を数回、撫でた。
再会を終えて、アドリーとバットゥータはモスクを出た。
時間にしてほんの数分だ。
「こんなに早くにお別れしてよかったんですか?」
「オレにとっては十分長い時間だった。足を壊す以外に策は無かったのか?十五年間一度も、顔を見たいと思ったことはなかったのか?っていろいろ問い詰めてやりたい気持があったんだが、ああいう風に泣かれてしまうとな」
「今までで一番スッキリした顔をされています」
「心の中のドロッとしたのが、吐き出されたような、そんな気分だ。気持ちがいい」
アドリーが目を細める。
自分じゃこんな満ち足りた顔をさせてあげられないとバットゥータは思った。
「そりゃあ、よかった。成長されたんですね」
「お前は、いちいち上から目線なんだよ。小鳥の本名も聞き出せなかったくせに」
アドリーが軽く睨んでくる。
「その件はすみません。サフィア妃のお付きの方には、お召があっただいたいの時期を伝えておきました。ただ、やはり、現スルタンに伺いを立てないとということでした。サフィア妃はそのことに大反対されているので再度、確認をと」
「アフメト一世に土産を渡したいというオレの気持ちは変わらないと言っておいてくれ」
「その土産って何なんですか?気になるんですけど」
「いいから。さっさと伝えてきてくれ。あとな……」
モスクに戻りかけたバットゥータは足を止める。
「何です?追加で伝えたいことですか?」
「いや……。その」
アドリーが明後日の方向を向きながら言う。
「再度、機会を設けてもらえるのならば、今度はゆっくり、と」
「分かりましたっ!!」
「お前、声、でかいよ」
「今すぐ、伝えてきます!!」
「だから、声」
呆れながらアドリーが笑う。
今まで見た中で、最高の笑顔だとバットゥータは思った。
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