上 下
107 / 183
第六章

106:バットゥータ。お前に使いを頼みたい。相手はマルキだ

しおりを挟む
 寝ている最中に起こった事の顛末を話すと、アドリーはすぐに小鳥の自由民への申請を取り消してこいとバットゥータに命令を下した。
「本当にあれでよかったんですか?」
「とっ捕まっちまったんなら、意味がねえ。むしろ、ローマから国賓待遇でやってきた少年が奴隷に落とされてもなんとか生きてきたのに、殺人容疑までかけられたって方が悲壮感があっていいだろ。プロフって奴の悪人ぶりも際立つ」
「徹底的にやるってことですね?」
「ああ」
と頷くアドリーは、みぞおちの下のあたりを擦っている。
 こんな事態だ。 
 身体に負荷がかかって当然だ。
 アドリーが擦っていた部分を、覚悟を決めるかのようにきゅっと掴んだ。
「バットゥータ。お前に使いを頼みたい。相手はマルキだ。ラシードが、サフィア妃に面会を求めているから取り次いでくれ、と伝えてくれ」
 バットゥータは一瞬聞き間違いかと思った。
「聞いているのか?バットゥータ。呆けた面するな」
「え……?だって、さっき、サフィア妃って聞こえてきて」
「ああ。そうだ。直接会話出来なくても構わないが、あちらと、とにかく一度顔を合わせたい。場所は小さなモスク。金曜なら人気のないからなんとかなるだろ」
 迷いない決断は、事前に対策していたかのようだ。
 自分といえば、そこまで頭が回っていなかった。
 アドリーが憎んでいる母親を頼ってまで、小鳥を救おうとするとは想像できなかったのだ。いや、精神的に成長しきれていない部分を持つこの人を甘く見すぎたせいかもしれない。
「すみません。憲兵がやってきた時、起こすことが出来なくて。小鳥の側を離れたら、あいつら勝手に連れ去っていきそうな勢いだったもので」
「オレがいたってどうにもならなかった。それにしても、死人の腹をわざわざ裂いて赤ん坊の肌の色を確認してって、やり過ぎだろ」
「犯人は、この事件がうやむやに終わるのが嫌で、なおかつ小鳥が犯人でなければ、都合が悪いらしい。やはり、金絡みのですかね。しかも、莫大な額の」
「小鳥に過去の犯罪を蒸し返されたくなければ、そいつはさっさと払っているはずだろうしな。それが出来ない額なんだろ。薬商のじいさんみたいに事業に使っちまったか、散財したのかは今のとこと不明だが」
「サフィア妃に面会を求めるということは、宮廷の外交費帳簿を調べてもらうということですか?」
「いや、当時のスルタンの個人的な帳簿だ。夜の小鳥への褒美はそこから出ているだろうから」
「つまりそれは、ムラト三世の……」
「ああ。俺の父親の帳簿。宮廷規模でみたら微々たる額だが、一般人にしたらかなりのものだ。人生二、三回は遊んで暮らせるぐらいになる。そんくらいの額を貰ったら、故郷に送金するはずだろ。だとしたら送金した記録が残る。金の流れをたどるのは案外容易い」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 あまりにもアドリーが平然というもので、バットゥータはついそのまま流されそうになっていた。
「冷静に考えてみて、あのデカ鳥が、スルタンからお召なんてあるんでしょうか?」
「俺が十一歳の頃は、同じぐらいの身長だったはずだぞ。夢の中に歌を歌う金髪の少年がぼんやりと出てきたことがあるが、視線の位置は同じぐらいだった」
「身長の方じゃなく。年齢も方です!お二人は二歳差だから、デカ鳥は当時九歳だったわけですよね?」
「そうだが?」
「どうしてそこまで冷静でいられるんです?どこの世界にも転がっている話ですが、幼いあいつを抱いた相手は……」
 すると、アドリーが頭の上で円を描いた。
「歴代のスルタンなんて、皆、気が狂っている。宮廷ってのは巨大な鳥かごなんだ。あそこで、生まれてくる男児は一人しか生き残れない仕組みで育てられる。運良くスルタンになっても、いつ大宰相や他の家来に寝首をかかれるかわからない。異国だって虎視眈々とオスマン帝国の警備が手薄な場所を狙っている。いい死に方をしたスルタンは一人もいないはずだ」
「でも……アドリー様……」
「狂った鳥かごの中で育ったから、それぐらい慣れている。十一歳で俺の記憶は飛んだが、それ以前でもきっと父親の記憶なんてひどいもんだろうさ。母親と同じく産み捨てるのがお家芸」
「……」
「黙るな。バットゥータ」
「あいつがプロフへの恨みの詳細が言えなかったのは、アドリー様に気を使ってのことですよね、きっと」
「繊細だからな。オレの足が折られた話だって、自分のことのように涙ぐみやがった」
 それは俺もです、と言い換えしたいのを、 バットゥータはなんとか飲み込んだ。
 こんな状況で主張するのは、格好が悪すぎる。
「そういやあ、お前もだったな。ガキの頃」
とアドリーが呟いてくれたので、少し救われた。
 多分、こっちの心情を汲み取ってわざと言ってくれたのだと思う。
 正直、小鳥は厄災を呼び込む。
 しかし、自分がこの館に呼んだのだから、尻拭いはしなければならない。
 バットゥータは、行動を決意する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...