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第五章
95:可愛くねえな。赤ん坊って
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とアドリーが低い声で言う。
「はい」
バットゥータが不満げに返事をして出ていって、僕はアドリーと二人きりになった。
苦手だ、彼が漂わすピリピリとしたこの雰囲気は。
少し、時間が過ぎてアドリーはソファーから腰を上げると、「お前はここにいろよ」
と言って部屋から出ていき、僕は心底ほっとした。
それもつかの間、すぐに戻ってくる。
後ろにはファトマがいて、すやすや眠る赤ん坊を腕に抱いていた。
ソファーに再び腰掛けたアドリーが、空いている隣の席を叩いて、
「そこに置いといて」
とファトマに指示する。
「置いておいてって、物みたいに」
ファトマが、少し呆れながら傍らに赤ん坊を置いた。
「お飲み物をお持ちしましょうか……って今は要らないでみたいですね」
空気を察して、ファトマが去っていく。
目を覚ました赤ん坊が、泣き始める。
ソファーからずり落ちそうになって、アドリーが手を伸ばして支えた。
そして、僕を見る。
「泣き止ませろ。どんな理由があったってお前は父親だろ」
叱責されて、僕は気がつけば左手で右肘を押さえていて、
「また、その格好か」
とアドリーに言われた。
「昔、困るとお前、その格好してたよな。確か」
アドリーは、記憶が飛んでいると言っていたが、少しずつ戻り始めているらしい。
格好悪いところばかり思い出されても、僕としては何も嬉しくない。
黙っていると、
「可愛くねえな。赤ん坊って」
アドリーがまるで独り言みたいに言った。
そして、取り繕う。
「お前の赤ん坊の見目がどうとか言ってんじゃねえぞ。みんな、可愛い可愛い言うけど、オレは、泣けば誰から手を差し伸べてくれる存在ってのが嫌いなだけ」
僕はアドリーの側に近づく。
赤ん坊に触れたいわけじゃない。
唇を呼んでもらわなければならないので、仕方なくだ。
『だったら、どうして、僕とこの子を昨夜、館に招き入れてくれたの?』
「言ったろ?昔、縁があったからだ」
『でも、今の僕のことは嫌いでしょ?』
「昔のオレは、お前のことを好いていたのか?」
さらに何か思いだしたのかと思ったら、アドリーはくだらないとばかりに笑っただけだった。
「明日も知れない我が身って状態だったのに、呑気なもんだ、昔のオレは」
『そんなんじゃないんだよ。ラシード様は、僕をいつも守ってくれた』
「そいつはもう死んだ。昔の名前は言うな」
鋭い口調で言われ、僕は沈黙する。
その間も赤ん坊な泣き続け、根負けしたアドリーが抱き上げた。
そして、
「ファトマを呼んできてくれ」
と僕に命令する。
この館の構造はまだ頭に入っていない。
だが、少しでも早くアドリーと赤ん坊の側を離れたくて僕は部屋を出た。
昨日、皆が集まった大きな広間に行けば誰かいるかもしれないとそっちに足を向ける。
「あら。小鳥様」
女性だけ、十五、六人ほど。絨毯に座っていくつかの集団になっている。
若いのがほとんどで、年配が各集団の中心にいた。
ファトマが駆け寄ってきて、僕はアドリーの部屋の方向を指差す。
「アドリー様がお呼び?はいはい。じゃあ、行ってきます」
主の寝所に向かうというのに、彼女は、警戒する様子がない。
「小鳥様!どうぞ、こちらに。昨日は大変でしたねえ」
「はい」
バットゥータが不満げに返事をして出ていって、僕はアドリーと二人きりになった。
苦手だ、彼が漂わすピリピリとしたこの雰囲気は。
少し、時間が過ぎてアドリーはソファーから腰を上げると、「お前はここにいろよ」
と言って部屋から出ていき、僕は心底ほっとした。
それもつかの間、すぐに戻ってくる。
後ろにはファトマがいて、すやすや眠る赤ん坊を腕に抱いていた。
ソファーに再び腰掛けたアドリーが、空いている隣の席を叩いて、
「そこに置いといて」
とファトマに指示する。
「置いておいてって、物みたいに」
ファトマが、少し呆れながら傍らに赤ん坊を置いた。
「お飲み物をお持ちしましょうか……って今は要らないでみたいですね」
空気を察して、ファトマが去っていく。
目を覚ました赤ん坊が、泣き始める。
ソファーからずり落ちそうになって、アドリーが手を伸ばして支えた。
そして、僕を見る。
「泣き止ませろ。どんな理由があったってお前は父親だろ」
叱責されて、僕は気がつけば左手で右肘を押さえていて、
「また、その格好か」
とアドリーに言われた。
「昔、困るとお前、その格好してたよな。確か」
アドリーは、記憶が飛んでいると言っていたが、少しずつ戻り始めているらしい。
格好悪いところばかり思い出されても、僕としては何も嬉しくない。
黙っていると、
「可愛くねえな。赤ん坊って」
アドリーがまるで独り言みたいに言った。
そして、取り繕う。
「お前の赤ん坊の見目がどうとか言ってんじゃねえぞ。みんな、可愛い可愛い言うけど、オレは、泣けば誰から手を差し伸べてくれる存在ってのが嫌いなだけ」
僕はアドリーの側に近づく。
赤ん坊に触れたいわけじゃない。
唇を呼んでもらわなければならないので、仕方なくだ。
『だったら、どうして、僕とこの子を昨夜、館に招き入れてくれたの?』
「言ったろ?昔、縁があったからだ」
『でも、今の僕のことは嫌いでしょ?』
「昔のオレは、お前のことを好いていたのか?」
さらに何か思いだしたのかと思ったら、アドリーはくだらないとばかりに笑っただけだった。
「明日も知れない我が身って状態だったのに、呑気なもんだ、昔のオレは」
『そんなんじゃないんだよ。ラシード様は、僕をいつも守ってくれた』
「そいつはもう死んだ。昔の名前は言うな」
鋭い口調で言われ、僕は沈黙する。
その間も赤ん坊な泣き続け、根負けしたアドリーが抱き上げた。
そして、
「ファトマを呼んできてくれ」
と僕に命令する。
この館の構造はまだ頭に入っていない。
だが、少しでも早くアドリーと赤ん坊の側を離れたくて僕は部屋を出た。
昨日、皆が集まった大きな広間に行けば誰かいるかもしれないとそっちに足を向ける。
「あら。小鳥様」
女性だけ、十五、六人ほど。絨毯に座っていくつかの集団になっている。
若いのがほとんどで、年配が各集団の中心にいた。
ファトマが駆け寄ってきて、僕はアドリーの部屋の方向を指差す。
「アドリー様がお呼び?はいはい。じゃあ、行ってきます」
主の寝所に向かうというのに、彼女は、警戒する様子がない。
「小鳥様!どうぞ、こちらに。昨日は大変でしたねえ」
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