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第四章
72:見ろよ、こいつ。また漏らしてやがる
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「執着してんのはお前だろ?」
バットゥータは不思議なことを言う。
アドリーは、名無しに会いたかった訳では無い。
歌が歌えるのなら、もう一度歌ってもらいたいと思っただけだ。
闇みたいな数年間が、光が照らされたかのように癒やされたから。
でも、実際は口無しと来ている。
すると、ヴァヤジットが話しかけてくる。
「コソコソ話をしてるとこ悪いがな、お前らの魂胆なんて分かってんだよ、ゼロアクチェで引き取っていく気だな?そうはさせない。あいつは、ヴァヤジット奴隷商館の汚点だ。体力の限界まで立たせて、地面に膝をついたら処分すると伝えている。宦官だと嘘を付いた罰だ」
ヴァヤジットがまた大広間に戻っていく。
「あいつ、書くものが無くて真実を上手に伝えることが出来なかったのかもしれない。喋れる俺だって、コーカサスじゃなくジョージア出身になっていた。だって、その方が高く売れるから」
「自分と重ねて同情してんのか?でも、名無しはお前とまるで違うぞ?」
すると、バットゥータが怒った。
「一緒であってたまるかっていうんですよ!」
そこで、一旦言葉を飲み込んで、続けた。
「俺だって、あんな奴、側にいられるのは正直嫌です。アドリー様の館とグランドバザールの薬商のじいさんの店ぐらい離れてるのがちょうどいい。でも、完全に居なくなられたら、今後、アドリー様が困るでしょう?名無しの作る香は身体に合っているみたいだし。それに、足の痛む回数は減っていても、痛み度合いは増しているから、俺、心配なんです」
「救急箱的な意味で側に置いておけってか?」
「ヴァヤジットは、こっち側を気にしていたから、名無しはきっとこの奥にいるはずです」
バットゥータは、答えを避けたようだ。
勝手にヴァヤジットの館の奥に進んでいく。
気安い関係といっても主に許可を得ずに内部に入るのはどうかと思ったが、バットゥータの勢いは止まらない。
「いました。こっちです」と廊下の突きあたり近くの部屋を覗き込んでアドリーの側に駆け戻ってくる。
部屋は、食料庫にでも使っていそうな簡素な作りだった。
絨毯も敷かれておらず、床はひんやりしている。高い位置に小さな明り取りの窓が三、四あるだけだ。
数人、見張りがいて、真ん中にいるボロボロの下穿きだけを身に着けた白人の大男を囲んでいた。
「あいつか?それにしてもでかいな」
とアドリーがバットゥータに確認をとると、うんと頷く。
背は高いが、筋肉隆々ではない。触れたら弾き返しそうな、柔らかそうな肌をしている。
あちこちアザだらけだ。蹴られたのか、身につけている下穿きの成れの果てには、サンダルの跡がくっきり。擦りむいたようで、肘や膝は擦りむいて血が出ている。
まっすぐに立つ体力がもうないのか、右に左にふらついている。
逃げないよう左足に足かせがはめられていた。
「見ろよ、こいつ。また漏らしてやがる」
見張りの一人が、名無しを小突いた。
股の付け根が濡れていた。
「精液どころか、小便も漏らすのかこいつ。うあっ、くっさあ」
と他の見張りが名無しの下半身の高さに腰をかがめ、鼻を摘む振りをしながら笑う。
すると、もう一人が言う
「自己流で去勢手術なんかするから、出しきれなかった小便がああいう風に滲み出てくるんだ。臭くてたまらねえ。性器なんて無いに等しい。それに、ブザブサだ。見るか」
見張りが名無しの下穿きの裾をめくろうとする。
彼が、きつく右肘を左手で抱きよせようとした瞬間、
「やめろっ!!」
アドリーは、自分でも驚くほど大きな声を出していた。
「あんたら、ちょっと」
バットゥータは不思議なことを言う。
アドリーは、名無しに会いたかった訳では無い。
歌が歌えるのなら、もう一度歌ってもらいたいと思っただけだ。
闇みたいな数年間が、光が照らされたかのように癒やされたから。
でも、実際は口無しと来ている。
すると、ヴァヤジットが話しかけてくる。
「コソコソ話をしてるとこ悪いがな、お前らの魂胆なんて分かってんだよ、ゼロアクチェで引き取っていく気だな?そうはさせない。あいつは、ヴァヤジット奴隷商館の汚点だ。体力の限界まで立たせて、地面に膝をついたら処分すると伝えている。宦官だと嘘を付いた罰だ」
ヴァヤジットがまた大広間に戻っていく。
「あいつ、書くものが無くて真実を上手に伝えることが出来なかったのかもしれない。喋れる俺だって、コーカサスじゃなくジョージア出身になっていた。だって、その方が高く売れるから」
「自分と重ねて同情してんのか?でも、名無しはお前とまるで違うぞ?」
すると、バットゥータが怒った。
「一緒であってたまるかっていうんですよ!」
そこで、一旦言葉を飲み込んで、続けた。
「俺だって、あんな奴、側にいられるのは正直嫌です。アドリー様の館とグランドバザールの薬商のじいさんの店ぐらい離れてるのがちょうどいい。でも、完全に居なくなられたら、今後、アドリー様が困るでしょう?名無しの作る香は身体に合っているみたいだし。それに、足の痛む回数は減っていても、痛み度合いは増しているから、俺、心配なんです」
「救急箱的な意味で側に置いておけってか?」
「ヴァヤジットは、こっち側を気にしていたから、名無しはきっとこの奥にいるはずです」
バットゥータは、答えを避けたようだ。
勝手にヴァヤジットの館の奥に進んでいく。
気安い関係といっても主に許可を得ずに内部に入るのはどうかと思ったが、バットゥータの勢いは止まらない。
「いました。こっちです」と廊下の突きあたり近くの部屋を覗き込んでアドリーの側に駆け戻ってくる。
部屋は、食料庫にでも使っていそうな簡素な作りだった。
絨毯も敷かれておらず、床はひんやりしている。高い位置に小さな明り取りの窓が三、四あるだけだ。
数人、見張りがいて、真ん中にいるボロボロの下穿きだけを身に着けた白人の大男を囲んでいた。
「あいつか?それにしてもでかいな」
とアドリーがバットゥータに確認をとると、うんと頷く。
背は高いが、筋肉隆々ではない。触れたら弾き返しそうな、柔らかそうな肌をしている。
あちこちアザだらけだ。蹴られたのか、身につけている下穿きの成れの果てには、サンダルの跡がくっきり。擦りむいたようで、肘や膝は擦りむいて血が出ている。
まっすぐに立つ体力がもうないのか、右に左にふらついている。
逃げないよう左足に足かせがはめられていた。
「見ろよ、こいつ。また漏らしてやがる」
見張りの一人が、名無しを小突いた。
股の付け根が濡れていた。
「精液どころか、小便も漏らすのかこいつ。うあっ、くっさあ」
と他の見張りが名無しの下半身の高さに腰をかがめ、鼻を摘む振りをしながら笑う。
すると、もう一人が言う
「自己流で去勢手術なんかするから、出しきれなかった小便がああいう風に滲み出てくるんだ。臭くてたまらねえ。性器なんて無いに等しい。それに、ブザブサだ。見るか」
見張りが名無しの下穿きの裾をめくろうとする。
彼が、きつく右肘を左手で抱きよせようとした瞬間、
「やめろっ!!」
アドリーは、自分でも驚くほど大きな声を出していた。
「あんたら、ちょっと」
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