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第四章

71:そこ、あんまり良い噂をきかねえな。使用人らがよく死ぬって

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 しかし、売られる方は、皆、冷めたものだ。この競りにかけられる前に、何度も奴隷商に転売され、高く売れるために各主の元で磨き上げられてきたので、肌を晒すことに慣れきっている。
 貧困の地出身の者も多く、飢えて死ぬよりハレムで名をあげようとする逞しいのもいる。
 女の裸と聞いて、アドリーは首を振る。
 女は嫌いじゃない。
 館にいる女奴隷たちは皆、可愛いし、子猫みたいに撫で回したくなる。
 だが、夜を共にできるかと聞かれれば、それは別の話と答える。
 バットゥータにさえ言ったことはないが、女の腹に自分の子種を注ぐ行為は考えただけでも鳥肌が立つ。
 伴侶候補をバットゥータは次々と見つけてくるが、実はそれはかなりのありがた迷惑。だから、生返事しかできない。
「ヴァヤジット。あんたの元に、白人宦官崩れの返品があったろ。その話で」
とアドリーはすぐに本題に入った。
「そんな者はいない」
「あーれえええ?グランドバザールの薬商っ、おっと」 
 バットゥータが巨大な奴隷商家の主を煽るように声を大きくする。
 すると、彼は目つきを鋭くさせ大広間を抜けた先にある廊下を顎で示したからだ。
「こっちへ来い、アドリー。それと、バットゥータ。お前もだ」
 そして、廊下に出ると、周りを警戒するように声を潜めた。
「なぜ、その件を知っている?」
「そいつとは少し前から顔見知りだ。薬商のじいさんよりいい香を作るから」
とバットゥータが答える。
 すると、ヴァヤジットが詰め寄ってきた。
「こっちは、詐欺にあったようなもんで、大損だ。あの白人宦官崩れ、きっと自己流で性器を切り取ったんだ。だが、孕ませる力が残っている。元は、ムルタザの奴隷商館にいた」
 アドリーは、ムルタザと聞いて眉を寄せた。
「そこ、あんまり良い噂をきかねえな。使用人らがよく死ぬって」
「あちらとは扱う商品がかぶる。だから、長く仲違いをしていてな。でも、白人宦官を破格の値段で渡すからこれまでのことを水に流してくれと言ってきたもんで。こっちだって商人だ。そんな話は真に受けない。実際のところ家業が傾いているんだろうと温情で買ってやればこれだ」
「孕ませる力は残っているのは、どうやって証明したんだ?」
「ムルタザの娘だよ。好色で男奴隷とみれば即、手を出すと評判だ。ムルタザは娘可愛さに野放しにしていて、娘の方は何度子供を宿しても懲りねえ。頭がちょっとおかしいんだ。その娘が生んだのが肌が白っぽい赤ん坊で、どう見ても生粋のオスマン帝国の子ではない。で、孕んだ時期にムルタザの館にいたのが、白人宦官崩れがいた時期とばっちり重なるってわけだ。あそこは基本、白人男は扱わないからな」
「宦官のくせに孕ませやがったか」
 アドリーが笑いだすと、 バットゥータが「呑気に笑ってる場合ですか!早く名無しの罪を晴らす方向に話を持っていかないと」と耳元で言ってくる。
 だが、アドリーはこの人助けにどうしても熱くなれないのだ。
 女に誘われたとはいえ、いい思いをした。
 生まれた赤ん坊は、見せしめとして縊り殺されるのが慣例だ。
 そうなることは分かっていたんだから、尻拭いは自分でしろよって話だ。
「そこまで証拠が揃っていたら無理だろ」
とバットゥータに言い返すと、
「いや、そうですけど。奴隷商館の主の娘に迫られたらどうしようもないでしょうが。断ったって、いい結果にならない」
「そういうのを上手く避けるのも世渡りの一つだろ」
「会いましょう」
 バットゥータが真顔で訴えかけてくる。
「アドリー様、ちょっと冷たすぎます。二晩も助けて貰ってるんですよ?」
「お前はいいの?館に新しいの連れ帰っても。オレは、いい予感がしないよ」
「俺だってあの名無しが表れてから、胸のあたりが、こうモヤモヤムカムカするんすよ。でも、あなたが良くも悪くも執着しているのなら、顔を見るべきです。話をするべきです」
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