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第四章

69:褒められてる気がしねえ

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「この事件、何かおかしいです。あいつは実は巻き込まれただけなんだと俺は思います」
「お前、こだわるねえ。もういいじゃないか。香のレシピはすでに聞いてるんだろ?そして、あいつはオレの夢に出てきた歌唄いではなかった。じゃあ、用はねえな?」
 すると、バットゥータが言葉に詰まった顔をした。
 こんな表情は知らない。 
 だから、「俺の話を最後まで聞いてくれますか?」と言われ「はいはい」と茶化した。
 できることなら聞きたくない。
「名無しは、元はヴァヤジットが所有していた奴隷だったみたいで、そこに戻されました」
「宦官崩れで詐欺までしてるんだから、もう売り物にならねえな。経歴を隠して地方に売り飛ばしても、バレたらまた一騒ぎだ」
「でしょうね。売り物にならない名無しをヴァヤジットは急ぎで処分したいはずです。迷信深いから、名無しが無実であっても、一度ケチがついているから商品としては扱いたくない。だとしたら、ゼロアクチェで買いませんか、アドリー様が」
「そんなにうまくいくか?」
「名無しの無実を晴らせれば、ですけど。ゼロアクチェは魅力的じゃないですか?」
「まあ、そうだが」
「気弱そうだけど、ああいう穏やかな男が館にいれば、助かると思うんです」
「誰が?」
「アドリー様が。香の知識も多少はあるみたいだし」
「オレはお前以外とっ」
 そこまで言って、アドリーは我に返った。
 周囲にいた女奴隷たちが、ぽかんとした表情でこっちを見ている。
「喧嘩しているわけじゃねえからな」
とアドリーは言って、ソファーのギリギリまでバットゥータを呼び寄せる。
「嫌だよ。お前以外とするなんて」
とアドリーが耳元で言うと、
「一回目の夜はしてたじゃないですか」
とバットゥータも耳元に口を寄せてくる。
「したような感覚があっただけ。実際にしてたとしても、オレは全然覚えてねえの。それに、お前以外に曲がった足を見られるのはいい気がしない。痛みで呻く姿もな。常々言ってんだろ」
「でも、アドリー様の身体は正直ですよ。二回目は覚えてるでしょ?俺とするより緩んでいい感じだった穴とか」
 女奴隷たちが、こちらをチラチラ見ているので、アドリーは気が気じゃない。
「お前がしてくれねえなら、もう誰ともしねえよ。この話、終わり」
とバットゥータを突き放すと、なぜが彼は一瞬、満足そうな顔をした。
「じゃあ、その話はその話ということで。で、この話はこの話ということで」
「どれがそので、どれがこれなんだ?」
「まとめると、アドリー様の口八丁で、名無しをゼロアクチェで手に入れましょうって話ですよ!」
「褒められてる気がしねえ」
 これ以上話しても、明日にならなければ行動に移せない。
 話を切り上げ、各々やるべきことにとりかかる。
 やがて夜も更けていき、アドリーは寝所へ引き上げた。
「ゼロアクチェねえ」
 なんとなく心が落ち着かない。
 潮目が変わりそうな、そんな気がする。
 大きな変化は望んでいない。
 周りの勝手な欲望で人生を翻弄されてきたから。
 自分の目の届く範囲で、守るべき者を守って生きていきたい。
 かといって、奴隷仲買い商だけやっていても、ジリ貧になりつつあるのは分かっている。
 アドリーは、寝台に横たわり、枕に耳を付けた。
 もう片方の耳を押さえる。
 昨晩も、歌が聞こえたのだが、あれは気のせいだったのだろうか?
「歌ったなら、バットゥータが教えるはずだしなあ」
 疑問は解決せず、アドリーはそのまま目を閉じた。
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