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第四章

67:やっぱ十八歳なんだなあ、あいつ。青臭せえ

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「薬商のじいさん、破産したそうです」
「何だって?!」
 予想もしない事態にアドリーの声が裏返る。
「よくない取引に手を出したみたいで。今のところ、それ以上のことは分かりません」
「名無しは?」
「憲兵に連れていかれたと。破産の原因があいつらしいって、さっき誰かが」
「なら、帰るか。部外者がここにいたってなあ」
 アドリーが踵を返しかけるが、バットゥータはそこに突っ立ったままだった。
「おい?どした?」
 すると、バットゥータが言いたくなさげな表情で喋り始めた。
「昨日、あいつと話をしたんです。そうしたら、新しい主をじいさんが決めてきたって。奴隷契約絡みの詐欺とかじゃないですかね?」
「助けてやろうって言ってんのか、俺たちで?でも、お前、全然乗り気な顔じゃないぞ?」
「アドリー様の名前の意味は、正義を司る者、ですし」
「適当に付けられた二つ目の名前に、責任押し付けてくんなよ。オレは顔を見たことがないし、言葉も交わしたことがないから、名無しの人となりは分かんねえ。でも、お前は少なくも二回は会ってんだよな?そんな、乗り気じゃない顔をしておきながら、実はあいつのこと好きになったのか?あ、そうか。その態度は照れ隠しだな?」
「あいつとは、友達にだってなれそうにないですよ」
「でも、エロい伝言は残していくじゃないか。お前、そういうの嫌いじゃないだろ?」
「さっきも言いましたけど、名無しを気にしているのは、アドリー様です」
「何、キレてんだ?」
「この話、やめません?」
 バットゥータが顔をそむけた。
「もうこれ以上の情報は手に入らないと思うので、俺、ヴァヤジットに聞きに行ってみます」
 ヴァヤジットは、イスタンブール一の規模の奴隷商館を経営している。
 市内で起こった奴隷絡みの事件は、必ず耳に入っているはずだ。
 奴隷商館はグランバザールを抜けた先にある。
 だから、アドリーの足では少し遠い。 
「明日が奴隷商館での競りだから、あちこち出回ってると思うぞ。うまく捕まるか?無理なら、日を改めようぜ」
「アドリー様、冷めすぎ」
「大柄なお前が、びっくりするほど名無しがでかかったって前に言ってただろ?だったら、白人宦官崩れの可能性が高い。不思議なことに、去勢された男は、群を抜いてでかくなるからな。そこそこの見てくれの白人宦官なら、薬商のじいさんの金で買えるはずがねえ。だとしたら、名無しは誰かと組んでいて、悪どく稼ごうとしてたんじゃないかなと思ってさ」
「そうは見えないですけどねえ」
「お前、やけに名無しの肩を持つね?好きを通り越して惚れた?もうぞっこん?」
「なわけないでしょうが。一刻も早くこの件から遠ざかりたいけれど、奴を助ける手立てが無いわけでは無いから、見過ごすのは負けというか卑怯な気がして」
 不機嫌そうに言うバットゥータが、あたりを見回した。
「野次馬が増えてきました。アドリー様は、そろそろ疲れてきたでしょう?先に館に帰っててください。俺、ヴァヤジットを探しつつ、他の人間にも聞いてみます」
「ああ。でも、ほどほどにな」
 軽く手を振って、アドリーは館の方向に足を向ける。
 卑怯という単語が耳に残った。
 正直者だが、場の空気を読むのに長けているから、アドリーが不利になるような行動はしない。それに、自分に得にならないことも。
「やっぱ十八歳なんだなあ、あいつ。青臭せえ」
 自分のせいで、大人びた感覚を十代の早いうちに身につけてさせてしまったんだと思っていたから、なんとなく安心する。
 妙な道に引きずり込んでしまったという罪悪感もあるのだ。
 主の夜の世話までさせるだなんて。
 コーカサスの村は焼かれ、両親とともに売られたとバットゥータは言ったが、八方手を尽くして探せば親族の一人ぐらいは見つかったかもしれない。
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