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第三章

56:もう半年近く一緒にいるのに、知らないことばかりだなあ

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 亡くなったその日のうちに土葬するのが一般的らしいのだが、ララの場合は、帝国中にふれを出し、墓地に葬られたのは十日も後のことだった。その間、弔問客は引きも切らない。
「こんなにも大勢の人が死を惜しむララから教えを受けていたアドリー様は一体何者なんだ?」
 彼の使用人になって初めて生い立ちに疑問を覚えた。
 その前に仕えた幾人の主の過去など、バットゥータにはどうでもよかったが、今は違う。
「おそらく相当に高貴な身分で、でも、ララの葬儀には顔を出せない。それに、オレは死んだことになっているって」
 たまにイスタンブールの話題が出るから、故郷はそこに違いない。
「もう半年近く一緒にいるのに、知らないことばかりだなあ」
 個人的なことを、どうやって聞き出していいのか分からないけれど。
 聞き出したところで、こんな子供が力になれることなど、ないのだろうけれど。
 もっともっと大人みたいに彼を支えられたらいいいのに。
 だったら、賢くならないと。
 計算がんばる。
 親切そうな顔で近づいてくる大人に簡単に騙されないようにする。
 アドリーの言いつけはすぐに実行。
 いや、頼まれる前に察して終わらせておくぐらいしておかなきゃ。
 喪が明けるまで宣言どおりアドリーは部屋から出てこなかった。
 文字通り一歩もだ。
 数週間の喪が明けると、ララのいない二人だけの生活が始まった。
 食事を出して、下げて。
 朝起きたらアドリーがララみたいに目覚めない気がして、不安で眠れなくなって頼み込んでアドリーの寝床に潜り込むようになった。 
 少しずつガジアンテプは春めいてきて、だんだんとララの死を皆が思い出さなくなった頃、客人がやってきた。
 男だ。
 明らかに、市場界隈で暮らす種類の人間には見えない。
 目立たぬ服装をしているが、よい素材を使っている長衣は模様も仕立て方も洗練されている。
 バットゥータは、アドリーと客人に珈琲を届け、すぐに下がる。
 一体、誰?
 自分は死んだ人間なのだから、身分の高い人間に顔を見られてはいけないと言ったくせに。
「向こうから訪ねてくるのはいいのかな?」
 客人が誰でどういう内容だったかアドリーが話すことはなく、バットゥータには疑問だけが残った。
 季節はどんどん春めいてくると、アドリーが外出するようになった。
 いい傾向だ。
「青空市場へ出向く」と言うのだが、バットゥータに付き添わせてくれない。
 それでもついていこうとすると、こなせないほどのたくさんの用事を言いつけられ、阻まれる。
 命じられれば、それに従うしかない。
 しばらくそんな日々が続いた。
 ガジアンテプの春は、天候が変わりやすく、突然の大雨がやってくる。
 春の嵐というもので、とにかく雷がひどい。
 朝食を済ませてから、バットゥータを共に付けず出かけたアドリーがずぶ濡れで家に戻ってきた。手には油紙の袋を持っていて、それが雨粒を弾いている。
 受け取ったそれを台所に放り出し、雨のしずくが滴るアドリーの身体をタオルで拭いた。
 杖を手から離す代わりに、台所の机のヘリを片手で掴んで、アドリーは倒れないようにする。
「参った。用事が終わった後、晴れているから大丈夫だろうと思って遠出したらこれだ」
「どちらに行ってたんですか?」
「商談。その後、薬商のとこ」
「お仕事始めるんですか!?」
 ララが死んでから、言葉が少なかったアドリーがたくさん喋るものだから、バットゥータは嬉しくなる。
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