54 / 183
第三章
54:俺はこの地から許可なく動けねえんだ。お目付け役のララもな
しおりを挟む
叩く、蹴る以外で、主が触れてくれるなんて、これまでの奴隷人生では想像できないことだった。
ただ、アドリーは足が痛むときは、がんとして部屋に入れてくれない。
部屋に近寄ってはいけないよと、あのララでさえかなり厳しめにバットゥータに言う。
痛む部分を擦ったりするのも使用人の役目じゃないのかなあと思うのだが、「いいから向こう行け」とアドリーが言う日は、出会った時よりひどい態度でバットゥータを追い払う。
そして、足の痛みが過ぎ去ると罪滅ぼしでもするかのように優しくなり、側においてくれる時間がぐんと増える。
雪が本格的に降る前は青空市場にも一緒に行ったし、朝の秘密の散歩にも連れて行ってもらった。
市場や近所の人間にも、アドリーの使用人とバットゥータは認知されるようになってきて、バットゥータをひどく扱った奴隷商など、見違えるようにすくすく育っているのを見て、「せめて千アクチェで売るべきだった」と毎回悔しがる。
そして、アドリーは、「三アクチェから千アクチェ。オレって目利きだなあ」と呟くので、バットゥータは、自分の価値が増したような気がして嬉しくなる。
「仲良くしているね」
戸口で声がし、そちらを見ると、ララが立っていた。
顔色が秋に比べて明らかによくない。呼吸だって苦しそうだ。
「ララ。平気なのか?」
アドリーが顔を上げ、少し早口で問いかける。
「今日は気分がいいのです。アドリー様には心配をおかけしましたね」
「バットゥータ」
「はい」
アドリーが立ち上がりたいのだろうなと思って、バットゥータはキュルスから完全に出て、寝台横にあるアドリーの杖を掴んで前に回り込む。
膝立ちになって腹に力を入れる。
アドリーが肩に触れてきて、床から立ち上がる。
杖を素早く渡し、その後、すぐにアドリーの両腰を支えた。
歩き出すアドリーをバットゥータは追いかける。
「ララ。医者を呼ぼう」
「薬がありますから」
「木の根や花を煎じたのじゃなく、もっと、すげーのがあるんだよ。イスタンブールから取り寄せよう」
「お言葉だけ」
「ララッ!」
アドリーが叫ぶと、ララはいつもと同じくニコニコ笑って自分の部屋に引き返していく。
二人してララを見送った後、バットゥータは壁に持たれて廊下の隅を見つめているアドリーに聞いた。
「アドリー様。ララは、春になれば元気になる?」
「どうかな」
「じゃあ、暖かい場所に引っ越しは?」
すると、アドリーの声に張りが無くなった。
「俺はこの地から許可なく動けねえんだ。お目付け役のララもな」
「誰がそんなこと決めるんですか?」
「スルタン。この国の王様」
「アドリー様が偉い人だから?」
「オレも自分の立場が、自分で分かんえねや」
「……使用人が聞いてはいけない質問でしたか?」
「質問の良し悪しがわかるなんて、お前は賢いな」
苦笑したアドリーは、ふいにバットゥータに向かって聞いてきた。
「ララが死んだら、オレとお前、二人きりだ。どうする?」
「どうするって、俺はアドリー様の使用人でしょう?ねえ。急にどうしたんですか?」
「いや、何、ララにいつも言われていることを思い出して、ついでにお前に聞いてみただけだ。自分がいなくなったときのことを考えておけって」
もしかしたら、その時期が近いことをアドリーは知っているのかもしれない。
バットゥータは何も言えず、ただ、アドリーの長衣の裾を掴んだ。
ただ、アドリーは足が痛むときは、がんとして部屋に入れてくれない。
部屋に近寄ってはいけないよと、あのララでさえかなり厳しめにバットゥータに言う。
痛む部分を擦ったりするのも使用人の役目じゃないのかなあと思うのだが、「いいから向こう行け」とアドリーが言う日は、出会った時よりひどい態度でバットゥータを追い払う。
そして、足の痛みが過ぎ去ると罪滅ぼしでもするかのように優しくなり、側においてくれる時間がぐんと増える。
雪が本格的に降る前は青空市場にも一緒に行ったし、朝の秘密の散歩にも連れて行ってもらった。
市場や近所の人間にも、アドリーの使用人とバットゥータは認知されるようになってきて、バットゥータをひどく扱った奴隷商など、見違えるようにすくすく育っているのを見て、「せめて千アクチェで売るべきだった」と毎回悔しがる。
そして、アドリーは、「三アクチェから千アクチェ。オレって目利きだなあ」と呟くので、バットゥータは、自分の価値が増したような気がして嬉しくなる。
「仲良くしているね」
戸口で声がし、そちらを見ると、ララが立っていた。
顔色が秋に比べて明らかによくない。呼吸だって苦しそうだ。
「ララ。平気なのか?」
アドリーが顔を上げ、少し早口で問いかける。
「今日は気分がいいのです。アドリー様には心配をおかけしましたね」
「バットゥータ」
「はい」
アドリーが立ち上がりたいのだろうなと思って、バットゥータはキュルスから完全に出て、寝台横にあるアドリーの杖を掴んで前に回り込む。
膝立ちになって腹に力を入れる。
アドリーが肩に触れてきて、床から立ち上がる。
杖を素早く渡し、その後、すぐにアドリーの両腰を支えた。
歩き出すアドリーをバットゥータは追いかける。
「ララ。医者を呼ぼう」
「薬がありますから」
「木の根や花を煎じたのじゃなく、もっと、すげーのがあるんだよ。イスタンブールから取り寄せよう」
「お言葉だけ」
「ララッ!」
アドリーが叫ぶと、ララはいつもと同じくニコニコ笑って自分の部屋に引き返していく。
二人してララを見送った後、バットゥータは壁に持たれて廊下の隅を見つめているアドリーに聞いた。
「アドリー様。ララは、春になれば元気になる?」
「どうかな」
「じゃあ、暖かい場所に引っ越しは?」
すると、アドリーの声に張りが無くなった。
「俺はこの地から許可なく動けねえんだ。お目付け役のララもな」
「誰がそんなこと決めるんですか?」
「スルタン。この国の王様」
「アドリー様が偉い人だから?」
「オレも自分の立場が、自分で分かんえねや」
「……使用人が聞いてはいけない質問でしたか?」
「質問の良し悪しがわかるなんて、お前は賢いな」
苦笑したアドリーは、ふいにバットゥータに向かって聞いてきた。
「ララが死んだら、オレとお前、二人きりだ。どうする?」
「どうするって、俺はアドリー様の使用人でしょう?ねえ。急にどうしたんですか?」
「いや、何、ララにいつも言われていることを思い出して、ついでにお前に聞いてみただけだ。自分がいなくなったときのことを考えておけって」
もしかしたら、その時期が近いことをアドリーは知っているのかもしれない。
バットゥータは何も言えず、ただ、アドリーの長衣の裾を掴んだ。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる