上 下
52 / 183
第三章

52:ララの寝床ばっかもぐこんでねえで、オレのところに来たっていいんだぞ

しおりを挟む
「こんな小さい服、この家で誰が着るって?」
 バットゥータは。藤の籠の中身をかき回した。
「わ!綿のたっぷり入った長衣だ!下着も寝巻きもある!!丈夫な革のサンダルも!」
 夢中になって覗きこんでいたら、ヘリに体重を掛けすぎて、籠がひっくり返る。
 頭から大量の服を浴びて、
「夢みたいだ」
とうっとりするバットゥータを見てアドリーが笑い転げる。
「こっちは、イスタンブールと違って結構冷えるからな。火鉢をララにお願いして、お前の部屋にも入れてくれって言ったんだけど、お前がまだ小さすぎて火の始末ができないから駄目だって」
「火鉢?」
「足がついた陶器の中に灰と墨を入れて、手を炙るんだ。これはイスタンブールにもあるが、囲いをして毛布を掛けて温まるってのは、こっち独特の文化みたいだな。部屋もそこそこ温まる。だから」
 ここで、アドリーは言葉を区切って咳払いする。
「ララの寝床ばっかもぐこんでねえで、オレのところに来たっていいんだぞ」
 バットゥータは、激しくまばたきをした。
 そして、初日のララの言葉を思い出す。
 主が使用人をおだてるのは、気持ちよく働いてもらいたいからだ。
(なるほど、これがおだてられるということか。危ない、危ない。本気にするとこだった)
「はい。アドリー様。分かりました。じゃあ、オレはもう下がりますね。食事が終わる頃に、また来ます」
と返事をして、
「おい。ちょっと、なあ??」
と何か言いたげなアドリーに、
「バブーシュ。大切にします」
とお礼を言って、藤の籠を部屋を出る。
 バットゥータは、自分の部屋の扉を開けて、すぐ閉めた。
「いけない。他の部屋と間違えた。オレの部屋に大きくて厚手の絨毯なんてあるわけないし、あんなに布団も立派じゃ……あれ?じゃあ、俺の部屋はどこなの?」
 先程、間違えたと思った部屋はやはり自分の部屋だった。
 でも、アドリーやララの部屋あるような厚手の絨毯があり、布団も新しくなっている。
 バットゥータは貰ったばかりのバブーシュをじっと眺めた。
 そして、手に持っていた藤の籠を床に置くとすぐに廊下を駆け出し、先程、退出したばかりの部屋へと入っていく。
「アドリー様!」
「おう。なんだ」
 アドリーはバットゥータの声に顔も上げず、本を眺めている。
「あの、あの、あの、あの」
 それ以上、口がきけなくなって、口ごもってしまった。
 アドリーが本を傍らに置き、こちらを見る。
「俺の部屋に絨毯とか、新しい布団が。贈ってくださったのはアドリー様ですよね?」
「さあな」
「絶対、絶対、アドリー様ですよね?」
 バブーシュに衣類に、家具と寝具。
 バットゥータが嬉しくて気持ちがはち切れそうな思いでいると、アドリーが言った。
「オレは、お前の身の回りのことは全部、ララがやってくれていると思いこんでた。だから、未だに夏用のペラペラの布団を使ってるなんて知らなかったし、擦り切れそうなほど痛んだ絨毯の上に座って勉強しているのも気づかなかった。オレがずっとお前に気を払わなかった場合、真冬に凍えて死ぬ可能性だってあったってことだよな?恐ろしいじいさんだ」
「別の部屋に間違えて入っちゃたのかと思いました!」
 バットゥータは興奮気味に訴える。
「店の連中に頼んでこっそりやってもらったからな。ララにも協力してもらって」
「俺の部屋、見に来てください!前と全然、違うから」
 アドリーがバットゥータがそのまま水色のバブーシュを履いているのを、小さく微笑して眺めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...