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第三章

48:潜り込む先を間違えているぞ

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 不機嫌そうな声とともに、アドリーがバットゥータを睨みつけながら起き上がる。
「ご飯……です」
 すると、アドリーがすうっと息を吸い込んで、
「足が痛てえって言ってんのに、飯もクソもあるかっ!」
とこれまでで一番の怒鳴り声を上げた。

 朝、アドリーが起きてこない時、もしくは昼間のうちから寝こけて夜になっても部屋から出てこないときは、食事を運んでいくのは正式にバットゥータの役目になった。
 子供が食べるよりも少ない量を朝はそのまま部屋に差し入れる。
 何でかというと、「寝ているのにわざわざ、声をかけてくるな。嫌がらせか?!」と怒鳴られたからだ。
 夜は「アドリー様。食事です」と声をかけないと「気づかねえだろうが」と逆に怒る。
 バットゥータは寝台の端に置いて、そそくさと逃げ帰る。
 アドリーの使用人になってこれが、一番嫌な仕事だ。
 でも、一瞬で終わるからなんとか我慢してこなしている。
 たまに部屋からは不思議な匂いがする。
 艶めかしい気分になる変な香りだ。
 アドリーが足の痛みにこらえきれず、夜に唸り声を上げた翌朝には必ず香る。
 不思議だなあと思うが、深く気にしていられなかった。それ以外にもしなければならないことがわんさかあるのだ。洗濯、料理の手伝い、それに掃除。充分な食事で体力がついたとはいえ、水汲みはまだ骨が折れる作業だ。
 バットゥータが来る前は、通いの使用人を雇っていて、その人に全部お願いしていたようだが今はいないので、やり方は全部ララに習う。
 食材の調達は、彼と一緒に市場へといく。
 バットゥータは金勘定ができないからだ。
 文字だって読めない。
 ララがする計算や読み書きを見ていると、意味がわからなくてめまいがしてくる。
 自分が売り出されていた場所に買い物に行くのは当初はおかしな気分だったが、すぐ慣れた。
 そう、なんだかんだいって全ては慣れなのだ。
 アドリーの怒鳴り声だって、小動物の鳴き声とさほど変わら……いや、あれだけは、今だに慣れない。
 バットゥータはアドリーに買われた時は夏の盛りだったが、今はもう季節は秋に向かい始めていた。駆け足で気温が下がり始め、夜は薄い布団では震えるほど寒くなる。秋になって軽い風邪を何度か引いた。
 治る頃にはもっと夜は気温が下がるようになり、どうしても耐えきれない夜はすぐ側にあるララの部屋に行き、こっそり布団に潜り込む。
「潜り込む先を間違えているぞ。寒いのはアドリー様も同じなのだから、暖は入りませんか?と可愛く言ってみればいいものを」
と言いながら、ララは迎え入れてくれる。 
 アドリーの布団に潜り込むなんて、猛獣の巣に入っていくのと同じだ。
 想像しただけで震える。
「アドリー様もアドリー様だ。お前の顔一つ見ようとしない」
 バットゥータは、言われたことはちゃんとやっているつもりだ。
 愛想だって見せている。
 なのに、アドリーはバットゥータの存在なんて無いみたいに、無視を決め込む。
 ここにいるのも長く無いかもしれない。
 そういう態度をずっと取られ続けているのだから。
 また、奴隷商に引き渡され、青空市場だろうか。
 いや、ララに仕込まれてちょっとは使用人らしくなったから、お前、明日から別の家な、と行き先が決まった状態で、いきなりアドリーに別れを言い渡されるのだろうか。
 ララと離れるのは嫌だな、アドリー様のことはどうでもいいけれど、と思いつつ眠りについた。
 明け方、ララの部屋を出て自分の部屋に戻りかけていると、アドリーと出くわした。
「お、おはようございます。おやすみ、なさい」
と矛盾する挨拶を並べ立て、通りすぎる。
 部屋の扉を押しかけ、あっと気づいた。
 こんな朝早く起きているんだから、何か用があったはずだ。
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