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第三章
47:怖いか?アドリー様が
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「お前は寝ていたから知らないだろが、あっちが、アドリー様の私室だ。この家で一番広い。そして、あの方は、ほとんどをそこで過ごしている。先日、外に出られたのも本当に久しぶりのことで、身の回りの世話をする使用人選びまでして、これはいい傾向だと思ったのだが、逆戻り。いや、もっとひどいか」
ララは、バットゥータにぶつかって料理の並ぶ机に転がった食べかけのパンを空の皿を保ってきて添える。
「元は、身分の高いお方だ。お前が一生に一度も顔を拝めないほどの。けれど、訳あって今は、市井の者となっている。足を痛める前は、健やかな性格だと聞いていた」
「治るの?」
「一生、杖つきだ。痛みは多少は治まるかもしれないが。床に一度、座れば立ち上がるのだって一苦労だ。それは、ソファーに座ってもさほど変わらない。だから、アドリー様が移動するときは、お前はすかさず支えるんだ。背中を差し出して、手置き台になり、傍らにある杖を差し出しなさい」
「……」
「返事は、はい。ララ。分かりました、だ」
そう言われて、バットゥータは同じ言葉を繰り返す。
「アドリー様に命ぜられた時も、同じ。はい。アドリー様。分かりました、だ。褒められた時は、ありがとうございます。ミスしたときは、申し訳ございません」
「はい。ララ。分かりました」
「お前は賢い。聡い目をしている」
急に褒められ、嬉しいというより疑問が湧いてくる。
目だけでそこまで分かるものなのか。それは、ララだから?
「冷静なのはいいことだ。今のはお前をおだてただけなのだから」
「はい。ララ。分かりました」
「気が利く、優秀だ、お前は最高の使用人だと主からおだてられても、それは、お前に気持ちよく働いてもらいたいから言うだけだ。でも、その言葉すらもらえない使用人は大勢いる。だから、お前は常にアドリー様のことを第一に考え尽くしなさい。ということで、行っておいで」
パンの他、チーズや卵がそこに乗せられ、バットゥータに差し出された。
「え?えっ?」
「これから一生懸命お仕えしますって、心をこめて挨拶をするんだ。アドリー様が自分より遥かに年下のお前を選んだのは、たぶん、弟みたいに可愛がりたいから。お前が自分の立場をきちんとわきまえて接するなら、きっといい関係が築ける。なんて言ったって、アドリー様は、売れ残り続けるお前のことを前々日ぐらいから気にしていたんだから」
なかなか皿を受け取ろうとしないバットゥータの目の前に、ララはそれを置いた。
「怖いか?アドリー様が」
頷いたらララからの評価が悪くなるのは予想が付いたが、コクンと頷いてしまった。
「お前はもう奴隷ではなくアドリー様の使用人だ。アドリー様がああやって怒るのは、あの方がして欲しいことをお前ができていないからだ」
付いてこいと命令され、死にそうに弱っていても従ったし、そこに座れと命令されたときも同じようにした。なのに、食べかけのパンを投げつけられた。
じゃあ、反対のことをすればよかったのか、と反抗的な気分にバットゥータはなる。
ララはやれやれというようにこちらを見ていた。
「私がお前に、アドリー様をどうやって攻略したらいいのか指図するのは簡単だ。でも、自分の頭で考えてごらん。アドリー様にだって、私は使用人がどうやったら自分の手足のように動いてくれるのかはご自分の頭でと伝えてある。お前とアドリー様は出発点は同じだ」
同じなもんか、とバットゥータは心の中で反発した。
あっちは怒鳴られることも、蹴られ殴られる危険性もないじゃないか。
納得できない気持ちを抱えつつ、バットゥータは朝食が盛られた皿を手に取ると、台所を抜け薄暗い廊下を通り抜ける。
ウンウンという唸り声が奥の部屋から聞こえてきて、足を止めた。
細く空いた扉の隙間を覗き込むと、アドリーが寝台で身体を丸くしている。
バットゥータは皿を見つめた。
ララの命令だ。渡さずには帰れない。
「ア、アドリー様」
声をかけると、唸り声がピタリと止まる。
「何だ?」
ララは、バットゥータにぶつかって料理の並ぶ机に転がった食べかけのパンを空の皿を保ってきて添える。
「元は、身分の高いお方だ。お前が一生に一度も顔を拝めないほどの。けれど、訳あって今は、市井の者となっている。足を痛める前は、健やかな性格だと聞いていた」
「治るの?」
「一生、杖つきだ。痛みは多少は治まるかもしれないが。床に一度、座れば立ち上がるのだって一苦労だ。それは、ソファーに座ってもさほど変わらない。だから、アドリー様が移動するときは、お前はすかさず支えるんだ。背中を差し出して、手置き台になり、傍らにある杖を差し出しなさい」
「……」
「返事は、はい。ララ。分かりました、だ」
そう言われて、バットゥータは同じ言葉を繰り返す。
「アドリー様に命ぜられた時も、同じ。はい。アドリー様。分かりました、だ。褒められた時は、ありがとうございます。ミスしたときは、申し訳ございません」
「はい。ララ。分かりました」
「お前は賢い。聡い目をしている」
急に褒められ、嬉しいというより疑問が湧いてくる。
目だけでそこまで分かるものなのか。それは、ララだから?
「冷静なのはいいことだ。今のはお前をおだてただけなのだから」
「はい。ララ。分かりました」
「気が利く、優秀だ、お前は最高の使用人だと主からおだてられても、それは、お前に気持ちよく働いてもらいたいから言うだけだ。でも、その言葉すらもらえない使用人は大勢いる。だから、お前は常にアドリー様のことを第一に考え尽くしなさい。ということで、行っておいで」
パンの他、チーズや卵がそこに乗せられ、バットゥータに差し出された。
「え?えっ?」
「これから一生懸命お仕えしますって、心をこめて挨拶をするんだ。アドリー様が自分より遥かに年下のお前を選んだのは、たぶん、弟みたいに可愛がりたいから。お前が自分の立場をきちんとわきまえて接するなら、きっといい関係が築ける。なんて言ったって、アドリー様は、売れ残り続けるお前のことを前々日ぐらいから気にしていたんだから」
なかなか皿を受け取ろうとしないバットゥータの目の前に、ララはそれを置いた。
「怖いか?アドリー様が」
頷いたらララからの評価が悪くなるのは予想が付いたが、コクンと頷いてしまった。
「お前はもう奴隷ではなくアドリー様の使用人だ。アドリー様がああやって怒るのは、あの方がして欲しいことをお前ができていないからだ」
付いてこいと命令され、死にそうに弱っていても従ったし、そこに座れと命令されたときも同じようにした。なのに、食べかけのパンを投げつけられた。
じゃあ、反対のことをすればよかったのか、と反抗的な気分にバットゥータはなる。
ララはやれやれというようにこちらを見ていた。
「私がお前に、アドリー様をどうやって攻略したらいいのか指図するのは簡単だ。でも、自分の頭で考えてごらん。アドリー様にだって、私は使用人がどうやったら自分の手足のように動いてくれるのかはご自分の頭でと伝えてある。お前とアドリー様は出発点は同じだ」
同じなもんか、とバットゥータは心の中で反発した。
あっちは怒鳴られることも、蹴られ殴られる危険性もないじゃないか。
納得できない気持ちを抱えつつ、バットゥータは朝食が盛られた皿を手に取ると、台所を抜け薄暗い廊下を通り抜ける。
ウンウンという唸り声が奥の部屋から聞こえてきて、足を止めた。
細く空いた扉の隙間を覗き込むと、アドリーが寝台で身体を丸くしている。
バットゥータは皿を見つめた。
ララの命令だ。渡さずには帰れない。
「ア、アドリー様」
声をかけると、唸り声がピタリと止まる。
「何だ?」
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