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第三章

46:懐かねえもんだな

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 通常は、床に食事用の布を敷いてそこに食材を乗せて食べるので、椅子と机で食事を取るのはバットゥータは初めての経験だった。
 きっと、アドリーが足が悪いからなのだろう。
 ララが出してくれたのは、葉野菜と羊肉の欠片が浮かスープと、シミットと呼ばれるゴマ付き円形パン、それに、杏といちじくだった。
 空っぽの胃に詰め込めるだけ詰め込むと、その晩、バットゥータは盛大に腹を壊した。
 
 二年分の疲れが一気に出たのか、それから数日寝込んだ。
 部屋は狭いが、バットゥータ専用だ。
 切り出した石の上に薄い布団が敷かれていた。
 熱が上がり額に冷たさを感じて目覚めると、絞りの甘いビシャビシャのタオルが置かれていて、首筋までしずくが垂れていたことが数回あった。
 きっと、アドリーの見当違いな精一杯の親切心とやらだ。
 ララは、こんなことはしない。
 それでもなんとか回復して起き上がり、ララを探してバットゥータは家の中を歩き回った。
 廊下の先は、最初の夜に食事を貰った台所で、そこに、顔を出すと、「今日も何とか生きてんな」と椅子に座るアドリーが不機嫌そうに言う。
 どうしていいのかわからず、バットゥータは戸口に佇む。
 すると、「とっとと、そこに座れっ!」とアドリーがきつい口調で命令してきた。
 朝、起きただけなのに、どうしてここまで怒られるのか?
 数日、寝込んで仕事ができなかったせいか?
 これから十年は自分のことをこき使うつもりでいるくせに、ケチな男だ。
 バットゥータは言われたとおりに黙って椅子に座る。
 ララが食事を出してくれた。
 昨晩も食べた円形のゴマ付きパン。それに付ける蜂蜜とジャム。チーズと卵もある。
 あとは、カヴルマという冷製の炒め物。
 バットゥータにとっては、天国みたいな朝ご飯だ。
 だが、アドリーは地面に落ちた物でも食べるみたいにして、生理的に受け付けないという表情で食べている。
 そして、ようやく席についたララに向かって言った。
「懐かねえもんだな」
 バットゥータは当初、自分が話題になっていると気づかなかった。
 ララが仕方なくと言うように、
「そうですね」
と相槌を打っている。
「奴隷なんて、すぐペチャクチャ喋りだして、鬱陶しくて図々しいもんだと思っていた」
「アドリー様」
「あ、何?説教か?」
 すると、ララが首を振る。
「お伝えしたいだけです。バットゥータは、奴隷ではなく、もう使用人です。アドリー様。あなたが、この者の置かれていた状況を変えたんですよ」
 すると、アドリーが怒りに任せて息を吸い込む。
「それで、何だ?何だってんだ?何で、オレが今、ララに説教されてるんだ?」
「だから、説教ではないと」
 穏やかなララの声とは正反対で、どんどん、アドリーの声量が大きくなっていく。
「オレはっ、奴隷がっ、一緒の食卓につくことをっ、許している!なのに、こいつときたら、平然と座りやがる。涙を流してありがたがれってんだ!」
 叫ぶだけ叫ぶと、アドリーはバットゥータに向かって食べかけのパンを投げつけ席を立った。
 椅子の背の片側に力を入れすぎて、バランスが崩れ、アドリーがふらつく。
「くっそ。忌々しい足が。こんな目に合うなら、オレも他のと一緒くたに殺されればよかったんだ!!」
 殺されるなんて、なんとも朝から物騒な話題だ。
 支えようとするララの手を振りほどいて、アドリーが杖を付いて荒々しく去って行く。その後ろ姿を見ながら、ララが疲れたように首を振る。
 やがて完全に杖の音がしなくなった。
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