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第三章
44:それとも朝一で、ガキの遺骸の処理をしたいのか?
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奴隷商はバットゥータの腰に巻かれた縄を引いて青空市場の裏手にある宿舎に戻ろうとする。
急に力任せに引っ張られ、バットゥータは、地面にうつ伏せに転んで起き上がれなかった。体力の限界を迎えた身体はそこかしこが痙攣し、明らかに自分でもおかしいと思った。
真向かいでじっと座っていた少年が声を掛けてくる。
「なあ。そいつ、朝まで生きてんの?」
「さあな」
「死んだらお終いじゃねえの?だったらさ、オレが買ってやるよ。少しでも金になった方方があんたもいいだろ?」
奴隷商も売れ残り続けるバットゥータに飽き飽きしていたらしい。
それに、追い払っても追い払っても居続ける少年にも。
「ええい。じゃあ、五十アクチェでいい!」
と半額を提示する。
バットゥータは最後の力を振り絞って、顔を上げた。
すると、少年がこの奴隷商は馬鹿なのだろうか、というような態度で首を傾げていた。
「何、言ってだ?三アクチェだ、三アクチェ!夕方になる前からこの奴隷を見ていたがあんたは、水の一杯もやらずこいつを立たせ通しだった。あんたが手入れを怠ったせいで、オレがこの奴隷を買い取っても生きる確率が減った。だから、三アクチェだ」
「ふざけるな!」
少年が、鼻で笑う。
「あんただって内心、朝には生きてないかもしれない奴隷に、餌を与えるのも無駄なんじゃないかと思っていることだろうし、汚れを落とさなければ明日、青空市場に出せないし、出したところで売れないかもしれないし、そもそもその前に死ぬかもしれない。結論として連れ帰るのは面倒だって思ってんだろ?だったら、三アクチェでいいじゃねえか。重荷は手元から消え去って、旨いロクが数杯飲める」
ロクとは、透明な液体で、水を追加すると白く濁る不思議な飲み物だ。
戒律で酒は禁止されているが、不敬虔な信者は隠れてこっそり飲んでいるし、禁止されているのに街の至る所に酒場がある。異教徒向けとは、一応なっているが。
「それとも朝一で、ガキの遺骸の処理をしたいのか?」
「もういい!」
奴隷商が根を上げたので、少年は、三枚の銀貨を彼に向かって孤を描いて投げる。
「その変わり返品不可だからな。契約は宿舎でする」
と奴隷商が顎で裏手の建物を指す。
「じゃあ、ララ。行ってくる」
老人に支えられて荷車の荷台から腰を上げた少年が言った。
老人のことをララと呼んでいるようだ。
確か、この国の言葉で師匠とか先生という意味だ。
老人が、杖をつきながら奴隷商についていく少年を見届けると、道で横たわるバットゥータを起こし、水と、腰に下げた袋から干したレーズンを数粒与えてくれた。
水をがぶ飲みし、レーズンは口の中で擦るようにして飲み込む。
やがて、少年が戻ってきた。
「ちったあ、回復したか?なんだ、立てても全然、歩けねえじゃねえか、こいつ」
と言いながら、老人の腰の袋からさらにレーズンを取り出して、バットゥータの口の中に突っ込んでくる。
当然、むせた。
老人が少年の態度に困ったものだという顔をしながら、バットゥータの背中を擦ってくれた。
「ふうん。お前、ジョージアでとっ捕まったのか」
少年が奴隷商から貰った契約書を見ながら言う。
「……コーカサス」
「何て?」
「だから、コーカサス」
すると、急に少年が、
「何だよ、この契約書っ!」
と怒鳴り声を上げた。
「のっけから間違えてんのか?ふざけてんなあ。ララ。この間違いは、許せる範囲内か?ったく、契約書に嘘が書かれてるなんて、ありえねえ」
頷く老人の横で少年はさらに怒り始める。
急に力任せに引っ張られ、バットゥータは、地面にうつ伏せに転んで起き上がれなかった。体力の限界を迎えた身体はそこかしこが痙攣し、明らかに自分でもおかしいと思った。
真向かいでじっと座っていた少年が声を掛けてくる。
「なあ。そいつ、朝まで生きてんの?」
「さあな」
「死んだらお終いじゃねえの?だったらさ、オレが買ってやるよ。少しでも金になった方方があんたもいいだろ?」
奴隷商も売れ残り続けるバットゥータに飽き飽きしていたらしい。
それに、追い払っても追い払っても居続ける少年にも。
「ええい。じゃあ、五十アクチェでいい!」
と半額を提示する。
バットゥータは最後の力を振り絞って、顔を上げた。
すると、少年がこの奴隷商は馬鹿なのだろうか、というような態度で首を傾げていた。
「何、言ってだ?三アクチェだ、三アクチェ!夕方になる前からこの奴隷を見ていたがあんたは、水の一杯もやらずこいつを立たせ通しだった。あんたが手入れを怠ったせいで、オレがこの奴隷を買い取っても生きる確率が減った。だから、三アクチェだ」
「ふざけるな!」
少年が、鼻で笑う。
「あんただって内心、朝には生きてないかもしれない奴隷に、餌を与えるのも無駄なんじゃないかと思っていることだろうし、汚れを落とさなければ明日、青空市場に出せないし、出したところで売れないかもしれないし、そもそもその前に死ぬかもしれない。結論として連れ帰るのは面倒だって思ってんだろ?だったら、三アクチェでいいじゃねえか。重荷は手元から消え去って、旨いロクが数杯飲める」
ロクとは、透明な液体で、水を追加すると白く濁る不思議な飲み物だ。
戒律で酒は禁止されているが、不敬虔な信者は隠れてこっそり飲んでいるし、禁止されているのに街の至る所に酒場がある。異教徒向けとは、一応なっているが。
「それとも朝一で、ガキの遺骸の処理をしたいのか?」
「もういい!」
奴隷商が根を上げたので、少年は、三枚の銀貨を彼に向かって孤を描いて投げる。
「その変わり返品不可だからな。契約は宿舎でする」
と奴隷商が顎で裏手の建物を指す。
「じゃあ、ララ。行ってくる」
老人に支えられて荷車の荷台から腰を上げた少年が言った。
老人のことをララと呼んでいるようだ。
確か、この国の言葉で師匠とか先生という意味だ。
老人が、杖をつきながら奴隷商についていく少年を見届けると、道で横たわるバットゥータを起こし、水と、腰に下げた袋から干したレーズンを数粒与えてくれた。
水をがぶ飲みし、レーズンは口の中で擦るようにして飲み込む。
やがて、少年が戻ってきた。
「ちったあ、回復したか?なんだ、立てても全然、歩けねえじゃねえか、こいつ」
と言いながら、老人の腰の袋からさらにレーズンを取り出して、バットゥータの口の中に突っ込んでくる。
当然、むせた。
老人が少年の態度に困ったものだという顔をしながら、バットゥータの背中を擦ってくれた。
「ふうん。お前、ジョージアでとっ捕まったのか」
少年が奴隷商から貰った契約書を見ながら言う。
「……コーカサス」
「何て?」
「だから、コーカサス」
すると、急に少年が、
「何だよ、この契約書っ!」
と怒鳴り声を上げた。
「のっけから間違えてんのか?ふざけてんなあ。ララ。この間違いは、許せる範囲内か?ったく、契約書に嘘が書かれてるなんて、ありえねえ」
頷く老人の横で少年はさらに怒り始める。
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