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第三章

43:うるせえな。いちいち、声かけてくんな!

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と奴隷商が言う。
 露天に出された鶏が籠の中でけたたましく鳴き、香辛料の匂いがどこからともなく漂ってくる往来で、少年はバットゥータに近づいてきてしげしげと長め「百アクチェかあ。ありえねえなあ」と吐き捨てて、側からいなくなる。
 完全なる冷やかしだ。
 アクチェは銀貨の単位だ。
 わかりやすく物で例えると、一・三キロの羊肉が十アクチェ(約二百五十円)。一・三キロの油だと四十アクチェ(約千円)。
 つまり、自分は羊肉でいうと、十・三キロ(約ニ千五百円)の価値。
 奴隷商が、少年に飛びつくようにして追いかけていく。
「こいつは、七歳の子供だ。大人になるまでずいぶん時間がかかる。だから、かなりのお買い得だ」
「いるか!こんな、鶏ガラみたいなの」
という声が聞こえてきた。
 何なんだ、あの杖付きと思ったが、こちらに期待を持たせないだけ、まだましなのかもしれない。
 主になる男なんて者に、バットゥータは端から期待していない。
 これまで絶望しか味わってこなかったのだから。
 冷やかしの杖付きは、しばらくするとなぜか戻ってきた。
「坊っちゃん!気になってるんだろ?」
と目ざとく声をかける奴隷商に、
「うるせえな。いちいち、声かけてくんな!」
と怒鳴り返す。
 気性はかなり荒そうだ。
 小道を挟んで向い側の露天商が使っている荷車に少年は勝手に腰掛ける。連れの老人はその横に立つ。
 少年は、じいっとバットゥータを凝視しはじめた。
「ほら、お前も!自分を売り込め」
 奴隷商が、バットゥータの背中をぐいぐいと押してきた。
 明日の命さえ分からない我が身だが、こんな男に買われたら、折檻につぐ折檻で今夜の命が危うそうだ。
「坊っちゃん、どうだ?今の見てくれはこんなんだが、食わせりゃすぐ太るしでかくなる。ジョージアから連れてこられた奴隷なんだから」
 ジョージアじゃなく、その北にあるコーカサスだ。
 奴隷商から奴隷商に引き継がれるときに、奴隷の身体的特徴やできること、出身地などを記した契約書を交わしているはずなのに、いつの間にか間違えた情報が記載されている。
「じゃあ、十アクチェ」
 少年が顎を突き出し、奴隷商とバットゥータを見下すように言った。
「じゅ、十?」
 少年の提示額に、奴隷商はめまいを起こしそうだった。
 こいつは客にあらずと判断したのか、
「冷やかしなら行った行った」
と先ほどの媚びへつらうような態度をぐるりと変え、今度は追い払いにかかる。
 けれど、少年は帰らなかった。
 そばにいる老人はも同じく。
 ただ黙ってニコニコしている。
 だんだんと日が暮れてきた。
 少年はイライラしたようにバットゥータを眺め続けていて、奴隷商はそれを完全無視し、通行人に声を縣ける。
「旦那!救ってやってくださいよ!」
「お買い得だよ。十年働かせたってまだ二十歳にもならない」
 あの手この手で売りつけようとするが、痩せ枯れたバットゥータを見ると、通行人はすぐにいなくなってしまう。
「ああ、もう。この役立たず」
と奴隷商の機嫌も極限まで悪くなる。
 今日、青空市場に出されたこの奴隷商の手持ちの奴隷はバットゥータ以外全て売れてしまっていた。売り切りたいのに売れないので、イライラしているのだ。
「店じまいだ」
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