30 / 183
第二章
30: 苦しそうだったから、うわ言の指示に従っただけ。けれど、歌は夢だと思う
しおりを挟む
「なあ」
とかける声が尖る。
しかし、その直後、「うおっ」と叫んでいた。
立ち上がったその白人は、視界を暗くするほど大きかったのだ。
ここで取り乱してはいけないと、一息ついて、自分を落ち着かせてから再度、話しかけた。
「俺は、アドリー様の使いの者だけど」
すると、男は、分からないというように顔の前で手を振る。
「言葉が通じないのか?それとも、耳が駄目なのか?」
すると、男は勘定台の上にあった紙をバットゥータに見せてきた。
『喋れません。薬の知識もありません。ただの店番です』
いつもこのページを見せているのか、少し黄ばんでいる。
エミルは苦しむアドリーを一刻も早く助けて上げたくて、男がこの紙を見せる暇も与えず、宿に引っ張って行ったのだろう。
「あ、そう」
意思の疎通はできそうで、ひとまず安心した。
バットゥータは、勘定台の上に買ってきたロクムの包みを置いた。
「昨晩、迷惑をかけたってアドリー様から」
包みを見つめていた男は、昨晩という単語を聞いてようやく気づいたようだ。
「ああ」という表情をする。
「見たから分かると思うけど、あの人の左足、時々猛烈に痛むんだ。何年か前からこの店で鎮痛用の香を買っている。それって、催淫効果もあるから。つまり、その、普段は俺が相手をするんだけど」
アドリーと関係を持った男を目の前にすると、妙にバットゥータの口が滑らかになった。
何言ってんだ、俺。
牽制か?口も聞けない相手に。
「アドリー様は、昨晩のことを気にしてないなら、また来て欲しいって言っている。あの人があんたにどこまで求めたのかは知らないが、そういうの抜きで、歌を歌ってくれればうれしいって……あれ??」
バットゥータは、自分がおかしなことを言っていることに気づいた。
声が出ないなら、歌だって歌えないはずだ。
男の顔を見ると、口元が一瞬痙攣した。
困ったような顔で、筆記具として使う小石ほどの鉛の塊を手繰り寄せ、まるで喋るのと変わらない速度でさっと文字を書いた。
『苦しそうだったから、うわ言の指示に従っただけ。けれど、歌は夢だと思う』
若干崩れているが、充分に読める。
「そっか、そうだよなあ」
今日の自分ままだ寝ぼけているようだと、バットゥータは頭をかいた。
『昨日の香はこれとこれとこれ。ここの主が居なかったから、勝手に煎じたものだけど』
男が、棚の香草が入った瓶のいくつかを指差す。
「へえ。あんた、薬商としての知識はあるんだ。なら、安心だ。アドリー様はじいさんの香よりも気に入ったようだから、また、頼むかもしれない」
香のストックはできるだけ避けている。
香りが飛んでしまうのもあるが、手元にあれば、我慢できずに使ってしまう回数が増えるからだ。耐性ができれば、痛みに弱くなり、さらに強い香を作って貰わなければならない。
だから、それをなるべく遅らせる。
『薬の知識はないよ。各地を転々としていたときに、知っただけ。それに、いずれ転売されるだろうから、ここには長く居ないと思う』
店に新たに客が入ってきて、男の視線がそちらに移った。
話しかけてくる客に、男は『喋れません。薬の知識もありません。ただの店番です』と書いた紙を見せる。
「じゃあ、店主に伝言」と客が言い始め、長くなりそうなので、バットゥータはそのまま店を出た。
先ほどよりは足取りは軽く、アドリーの館へと戻る。
現金なものだと、我ながら思うが、行きと帰りでは、戦地へと向かうのと戻るのぐらいの差があった。
いや、兵になったことは一度して無いのだけれども。
とかける声が尖る。
しかし、その直後、「うおっ」と叫んでいた。
立ち上がったその白人は、視界を暗くするほど大きかったのだ。
ここで取り乱してはいけないと、一息ついて、自分を落ち着かせてから再度、話しかけた。
「俺は、アドリー様の使いの者だけど」
すると、男は、分からないというように顔の前で手を振る。
「言葉が通じないのか?それとも、耳が駄目なのか?」
すると、男は勘定台の上にあった紙をバットゥータに見せてきた。
『喋れません。薬の知識もありません。ただの店番です』
いつもこのページを見せているのか、少し黄ばんでいる。
エミルは苦しむアドリーを一刻も早く助けて上げたくて、男がこの紙を見せる暇も与えず、宿に引っ張って行ったのだろう。
「あ、そう」
意思の疎通はできそうで、ひとまず安心した。
バットゥータは、勘定台の上に買ってきたロクムの包みを置いた。
「昨晩、迷惑をかけたってアドリー様から」
包みを見つめていた男は、昨晩という単語を聞いてようやく気づいたようだ。
「ああ」という表情をする。
「見たから分かると思うけど、あの人の左足、時々猛烈に痛むんだ。何年か前からこの店で鎮痛用の香を買っている。それって、催淫効果もあるから。つまり、その、普段は俺が相手をするんだけど」
アドリーと関係を持った男を目の前にすると、妙にバットゥータの口が滑らかになった。
何言ってんだ、俺。
牽制か?口も聞けない相手に。
「アドリー様は、昨晩のことを気にしてないなら、また来て欲しいって言っている。あの人があんたにどこまで求めたのかは知らないが、そういうの抜きで、歌を歌ってくれればうれしいって……あれ??」
バットゥータは、自分がおかしなことを言っていることに気づいた。
声が出ないなら、歌だって歌えないはずだ。
男の顔を見ると、口元が一瞬痙攣した。
困ったような顔で、筆記具として使う小石ほどの鉛の塊を手繰り寄せ、まるで喋るのと変わらない速度でさっと文字を書いた。
『苦しそうだったから、うわ言の指示に従っただけ。けれど、歌は夢だと思う』
若干崩れているが、充分に読める。
「そっか、そうだよなあ」
今日の自分ままだ寝ぼけているようだと、バットゥータは頭をかいた。
『昨日の香はこれとこれとこれ。ここの主が居なかったから、勝手に煎じたものだけど』
男が、棚の香草が入った瓶のいくつかを指差す。
「へえ。あんた、薬商としての知識はあるんだ。なら、安心だ。アドリー様はじいさんの香よりも気に入ったようだから、また、頼むかもしれない」
香のストックはできるだけ避けている。
香りが飛んでしまうのもあるが、手元にあれば、我慢できずに使ってしまう回数が増えるからだ。耐性ができれば、痛みに弱くなり、さらに強い香を作って貰わなければならない。
だから、それをなるべく遅らせる。
『薬の知識はないよ。各地を転々としていたときに、知っただけ。それに、いずれ転売されるだろうから、ここには長く居ないと思う』
店に新たに客が入ってきて、男の視線がそちらに移った。
話しかけてくる客に、男は『喋れません。薬の知識もありません。ただの店番です』と書いた紙を見せる。
「じゃあ、店主に伝言」と客が言い始め、長くなりそうなので、バットゥータはそのまま店を出た。
先ほどよりは足取りは軽く、アドリーの館へと戻る。
現金なものだと、我ながら思うが、行きと帰りでは、戦地へと向かうのと戻るのぐらいの差があった。
いや、兵になったことは一度して無いのだけれども。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
【完結】聖アベニール学園
野咲
BL
[注意!]エロばっかしです。イマラチオ、陵辱、拘束、スパンキング、射精禁止、鞭打ちなど。設定もエグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないことが理解できない人は読まないでください。
学校の寄付金集めのために偉いさんの夜のお相手をさせられる特殊奨学生のお話。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる