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第二章

26:よく考えてみたら、ケツ穴は痛くねえ。お前とすると、いつも痛えから

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 左足は、右足より少し細く、あらぬ方向に曲がっている。
 この足はたまに痛むことあり、呻く姿を誰にも見られたくないので、こうやって通年で借りている近所の宿に籠もるのだ。
「あれ?」
 アドリーの身体を拭こうとして、バットゥータの手が止まる。
 彼の身体は、水浴び直後みたいに滑らかだったのだ。
 汗臭い匂いも皆無。
 まるで誰かが後始末をしていったようなそんな仕上がりだった。
 しかも、物凄く丁寧にだ。
「誰、呼んだんです?」
「何で、睨むんだよ。いつものじいさんのはずだって」
 痛む夜は、調合した香で乗り切る。
 催淫効果があり、それでごまかすのだ。
 いつののじいさんとは、薬商である老人のことで、その昔、宮廷医師の助手の助手のそのまた助手、つまり、ただの使いぱしりだったことが唯一の自慢の偏屈老人だ。
 彼がアドリーのために調合する香は、いつも下品な淫靡さが鼻につく。
 それに、薬商である老人は痛がるアドリーに言葉一つかけることなくいつもさっさと帰っていく。身体を拭いてやる優しさなんてあるわけがない。
 もしかしたら、この香の作り手は先ほどまでこの部屋にいたのかもしれない。
 もしかしたら、路上ですれ違っていたかもしれない。
(なんか、面白くねえな)
 バットゥータは今度はちゃんと心の中で思った。
 その横で、アドリーが「ふわぁ」と大あくび。
「久しぶりによく寝た」
 珍しいセリフだった。
 痛む夜は、ほとんどアドリーは眠れない。
 だから、その顔を凝視した。
「確かに。すっきりした顔をされてます」
「身体の方もやたらな。こことか、さらにこことか」
 アドリーの手が下半身の付け根からぐるっと回って尻へと移動する。
「やった感覚があるってことですか?でも、さっきも言ったように、俺は昨晩は、館にいて……」
「だよな。よく考えてみたら、ケツ穴は痛くねえ。お前とすると、いつも痛えから」
「でかくてすみませんね」
「それ、自慢かよ」
 アドリーが天井を見つめ、そして、自分を納得させるように頷いた。
「歌……だな。うん。歌。耳元で歌われて、なんか、こう、身体が溶けちまうように緩んだんだ。それを、やったのと勘違いしたのかも。一体、誰だったんだろうな。じいさんじゃないとすると」
 身体が溶けそうなんて表現、アドリーの口から始めて聞いた。
 相当、相性がよかったようだ。
 いや、勘違いと言ったから、歌自体が心地よかった。
 アドリーは楽器を幾つか弾けるが、歌を歌うことはないし、これまで興味を示したこともないように思える。
 だから、先ほど、なんか、面白くねえなと思った気持ちがムクムクと増大を始める。
「なら、夜を一緒に越えてくれるお相手になってもらえうよう、願い出てみては?」
 そっけなく言いながら、足首まである一枚布の寝巻きを首元に向かって強引に脱がすと、
「やっぱ、お前、怒ってんな?」
「怒ってません」
「じゃあ、何、その態度?」
 主でありながら、兄のようでもあり、それでいて悪友のような態度も取るこの男には、何を考えているか分からないと周りを困らせるバットゥータの心情など、透き通った水の底を確認するぐらい簡単なようだ。
 夜を一緒に越えてくれる相手が現れたところで、じゃあ、自分が存在を忘れ去られるかというと、性格上、絶対にアドリーがそういうことをしないのはわかっている。
 ともに過ごす日々は、変わらず続いていく。
 ただ単に、バットゥータとアドリーの間に、夜を一緒に越えてくれる相手が挟まるだけで。
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