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第一章

12:やる。お前に

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 ラシードはひらっと手を振る。
「あそこはオレの隠れ場所だ。眠れない夜は行く。たまに小姓になったばかりの奴が泣いていることがあってこうやって慰めてやるかわりに、故郷の話を聞かせてもらう。オスマン帝国領土以外からも連れてこられているから、色んな情報が手に入る。だから、お前も過度に気にするな」
 何もお礼ができないから歌でも歌おうかと僕は思っていたのだが、ローマの話をすれば助けてもらったことはチャラになるようだ。
「お前、聞かれたこと二、三答えればいいと思ってるだろ?音を上げるほど、オレ、質問するからな?」
 ラシードがいたずらっぽく笑う。
 さっきみたいに、また心を読まれたのかと思って再びびっくりした。
「あとさ。堅苦しい喋り方はやめろ。ですます、じゅなくて、普通でいい。で、名前は?」
 僕は首を振った。
「本名は神様に捧げちゃったんだ。僕、それ以外捧げる物を何も持ってないから」
「願掛けか何か?」
 うんと頷く。
 僕が僕に戻れますようにと叶わない願いをかけた。
「なら、小鳥って呼ぶか。そういうことなら、本名を聞き出すのは野暮ってもんだし。
でもさ」
とラシードが言葉をわざわざ区切って言った。
「お前の国の神様がよそ見した隙にこっそり教えてくれよ」
「え??」
「約束な!じゃあ、質問いくぞ」
 彼の宣言通り、質問は多種多様だった。
 今のローマはどうなっているのか?
 建物は?
 祭りは?
 食べ物は?
 どんな政治がされていて、民衆はどうやって生活しているのか?
 僕が答えられない質問も多かった。
 たった二歳差。されど、二歳差。
 いや、小鳥の中にも十一歳のはいるが、そいつはプロフに媚びることしか知らない。
 やっぱり王族だから、生まれ持って違うんだろう。
 たくさん話をした。
 僕は口が重い方で、誰かと話をして楽しいと思うことが少なかった。
 でも、ラシードと話をしていると楽しくてたまらない。
 それは、小鳥じゃない僕に興味を示してくれたからなんだと思う。
 神様に捧げてしまった本名を聞きたがってくたのも嬉しかった。
 お前の国の神様がよそ見した隙に、って言われたけれど、神様ってよそ見するのかなあ?
「ふうん。なるほどねえ。滅びたとはいえ、さすがローマ帝国だな。あ、もうすぐ朝か。付き合わせすぎた。お前、昼にはまた歌うんだろ?宿舎にしている部屋の手前まで送ってく。少しは寝られそうか?」
 僕は頷く。
 名残惜しさを感じていた。
 部屋を出て、二人揃って歩き出す。
「今度、歌を披露させて」
とか、
「もっとすごいローマの話があるよ」
とか、言えば、また会う機会もあるかな?
と頭を巡らすのだが、なんとなく言い出せずにいた。
 恥ずかしかったし、断られるのが嫌だった。
 ラシードが扉の前で止まる。
「この先に、寝ずの番がいる。宿舎まではそいつに送り届けてもらえ。あと、これ」
 ラシードが首から下げていたネックレスを外す。
 飾りはないが、たぶん細いチェーン全部が黄金だ。
「やる。お前に」
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