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第六章
113:重いかな?縛り付けられるって思うかな?
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「ジン君ね」
澤乃井が、控えめに笑う。
「随分、前から私と交渉していたの。でも、私はなかなかうんと言えなくて。でも、彼方君が一曲仕上げて、ジン君との未来を歩んでいくために過去と対決するんだって言った日、ジン君に差し上げるわって言った。運搬費さえ払ってもらえるならって。そうしたら、彼、どうしたと思う?今動かせる現金を全部持って、あなたに内緒で私の家にやって来たの。あれは彼方の婚約指輪にしたいから、タダじゃ困るって。もう老い先短いおばあさんに大金を差し出してくるわけ。で、私はそれを押し戻して。何度かそういうやりとりをして、最後に私が折れたの。半額受け取るから、半額は持って帰って頂戴って。じゃないと、もうこの取引はここで終わりにするわよって」
彼方はスンッと鼻をすすった。
「僕って、心が狭い。過去との対決が終わったのに、ジンにまた前に進まれたって思っちゃった」
「彼方君は愛され慣れてないだけ。そして、ジン君は愛するのが不器用なだけ。証拠を見せてあげましょうか?一旦電話を切るわね。スクリーンショットで送るから。それを見終わったら、今度は話をする相手は私じゃなく、ね?」
電話は唐突に切れてしまった。
彼方は猫たちを引き連れて、再びピアノがあるサンルームへ。
椅子に座ってみた。
コウが彼方の膝に飛び乗りそこをジャンプ台にして蓋が閉まっているグランドピアノの上に乗る。フクは、彼方の膝の上に。そして、一番大きくなったマルは、彼方の隣に座りたがって伸び上がりながら「にゃーにゃー」と文句を言っている。
「コウ。フク。マル。いいのかな?僕のものになってしまったようなんだけど、この凄いピアノ」
さすがに実感が持てない。
昨日堀ノ堂との対決を終えたばかりで、自分というものを取り戻して帰宅してみればこれだ。
まだ書類の確認だってできていない。
一刻も早くしたい気持ちと、一人では嫌だと言う気持ちがせめぎ合っている。
ピアノの鍵盤蓋を開きかけて、メッセージアプリの方に、すでに澤乃井から短いメッセージと何枚かのスクリーンショットが届いていることに気付く。
「愛されているのね」
という文章。そして、そのあとのスクリーンショットの画像を見て、彼方は口元を覆っていた。
『このピアノ、弾かせてもらうことって難しいですか?』
『好きな人へ、ピアノを存分に弾かせてあげられない状況です』
『安いピアノでも楽器屋から買えばいいのかもしれないけれど、大切に愛されてきたピアノを譲られた方が俺の好きな人も喜ぶと思うし。きっと、前の持ち主以上に大切にすると思うし』
『婚約指輪代わりなんです。ずっと一緒にいてもらうための』
『重いかな?縛り付けられるって思うかな?』
『不安になってきた』
『俺が身一つだって彼方は愛してくれるのは分かっている』
『でも、ピアノに没頭している姿が好きだから。そして、たまに俺のために弾いてくれたら嬉しい』
『でも、それは、前の相手と重なるだろうから、一生言わないけど』
彼方は、嗚咽を漏らす。
鍵盤蓋にポタポタと涙がこぼれた。
猫たちがどうしたのだというように「ふんふん」と顔を寄せてくる。
彼方はすぐにジンに電話をした。
でも、今に限ってなかなか出てくれない。
猟に出ているなら、夕方まで返事はないだろう。
と思って諦めかけていたら、
「何?」
少し怒ったような声で電話がかかってきた。
「ピアノ。届いていた」
と彼方も硬い声色で言い返す。
「あ、そう」
「なにそれ、あっ、そうって。昨日もそうだった。どうして、あんな高額なものを一言も相談なく買っちゃうんだよ」
澤乃井が、控えめに笑う。
「随分、前から私と交渉していたの。でも、私はなかなかうんと言えなくて。でも、彼方君が一曲仕上げて、ジン君との未来を歩んでいくために過去と対決するんだって言った日、ジン君に差し上げるわって言った。運搬費さえ払ってもらえるならって。そうしたら、彼、どうしたと思う?今動かせる現金を全部持って、あなたに内緒で私の家にやって来たの。あれは彼方の婚約指輪にしたいから、タダじゃ困るって。もう老い先短いおばあさんに大金を差し出してくるわけ。で、私はそれを押し戻して。何度かそういうやりとりをして、最後に私が折れたの。半額受け取るから、半額は持って帰って頂戴って。じゃないと、もうこの取引はここで終わりにするわよって」
彼方はスンッと鼻をすすった。
「僕って、心が狭い。過去との対決が終わったのに、ジンにまた前に進まれたって思っちゃった」
「彼方君は愛され慣れてないだけ。そして、ジン君は愛するのが不器用なだけ。証拠を見せてあげましょうか?一旦電話を切るわね。スクリーンショットで送るから。それを見終わったら、今度は話をする相手は私じゃなく、ね?」
電話は唐突に切れてしまった。
彼方は猫たちを引き連れて、再びピアノがあるサンルームへ。
椅子に座ってみた。
コウが彼方の膝に飛び乗りそこをジャンプ台にして蓋が閉まっているグランドピアノの上に乗る。フクは、彼方の膝の上に。そして、一番大きくなったマルは、彼方の隣に座りたがって伸び上がりながら「にゃーにゃー」と文句を言っている。
「コウ。フク。マル。いいのかな?僕のものになってしまったようなんだけど、この凄いピアノ」
さすがに実感が持てない。
昨日堀ノ堂との対決を終えたばかりで、自分というものを取り戻して帰宅してみればこれだ。
まだ書類の確認だってできていない。
一刻も早くしたい気持ちと、一人では嫌だと言う気持ちがせめぎ合っている。
ピアノの鍵盤蓋を開きかけて、メッセージアプリの方に、すでに澤乃井から短いメッセージと何枚かのスクリーンショットが届いていることに気付く。
「愛されているのね」
という文章。そして、そのあとのスクリーンショットの画像を見て、彼方は口元を覆っていた。
『このピアノ、弾かせてもらうことって難しいですか?』
『好きな人へ、ピアノを存分に弾かせてあげられない状況です』
『安いピアノでも楽器屋から買えばいいのかもしれないけれど、大切に愛されてきたピアノを譲られた方が俺の好きな人も喜ぶと思うし。きっと、前の持ち主以上に大切にすると思うし』
『婚約指輪代わりなんです。ずっと一緒にいてもらうための』
『重いかな?縛り付けられるって思うかな?』
『不安になってきた』
『俺が身一つだって彼方は愛してくれるのは分かっている』
『でも、ピアノに没頭している姿が好きだから。そして、たまに俺のために弾いてくれたら嬉しい』
『でも、それは、前の相手と重なるだろうから、一生言わないけど』
彼方は、嗚咽を漏らす。
鍵盤蓋にポタポタと涙がこぼれた。
猫たちがどうしたのだというように「ふんふん」と顔を寄せてくる。
彼方はすぐにジンに電話をした。
でも、今に限ってなかなか出てくれない。
猟に出ているなら、夕方まで返事はないだろう。
と思って諦めかけていたら、
「何?」
少し怒ったような声で電話がかかってきた。
「ピアノ。届いていた」
と彼方も硬い声色で言い返す。
「あ、そう」
「なにそれ、あっ、そうって。昨日もそうだった。どうして、あんな高額なものを一言も相談なく買っちゃうんだよ」
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