【完結】八ヶ岳初恋フルーツティ

遊佐ミチル

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第六章

111:明日、朝一で東京に戻る

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「こういう格好、嫌いだろ?でも、僕は大好きなんだ。あんたには分からないだろうけれど」
 彼方は部屋を出て行きかけて足を止めた。
「ああ、そうだ。協力てくれたジンの友達がね。二の手、三の手を用意しているからいいつでも遊ぼうって。ジンはジンで和歌山の奥地で、あんたをぶち殺すために猟銃の腕を磨いているし、僕は僕で、どんなことがあっても、あんたから逃げ切るつもりでいる。いや、今みたいにどこまでも攻撃してやる。好きが転じて僕を殺したくなったら、あんたの家族や事務所の全員を道連れにしてやる。それじゃ」
 言うだけ言って、彼方は階段を駆け下りた。
 堀ノ堂と武田が追ってくる素振りは無いが、別の人間を配置しているのかもしれない。
 裏口を出ると、「彼方」と声がし、ウエイター姿の男が路地で手を上げた。側にはタクシーが止まっている。
「気を付けて」
「千山くんも」
「何、大丈夫。ボク。今日、実はシフトじゃないし。このまま、店を去るよ。それにここは今月中に辞める予定だったし危険は少ない。運転手さん。東京駅まで」
 タクシーに乗り込んでも、まだ彼方は安心できなかった。
 震えがやってくる。
 でも、それ以上に言ってやったという膨大な満足感があった。
 堀ノ堂はきっと彼方を諦めたはずだ。
 彼は下品なのを何より嫌う。目の前でゲップする人形なんて矯正不可能と思ったに違いない。
 渡された書類を開きかけて止めた。
 どういう生い立ちなのか知るのは八ヶ岳に帰ってからでいい。
 夢にまで見たそれは、いざ手に入ると、そこで手が止まってしまう。
 自分がどんな生い立ちなのか、不幸だったのか幸福だったのか知りたい。でも、怖い。
 そうだ。怖いのだ。
 彼方のいう人間は空洞だ。
 その空洞がいくら頑張って過去を手に入れたって、空洞が空洞を生むだけなんじゃないかと恐れてしまう。
 タクシーは東京駅についた。
 何度も振り返ったり、左右を確認するが、誰かが後を付けてくる様子はない。
 それでも、用心しながら東京駅のコンコースを歩く。
 時間はもう十八時を過ぎていた。もう、今夜中には八ヶ岳につけない。
 そうなるだろうなとは分かっていたので、ステーションホテルを予め検索していた。
 そこをネットで予約し、フロントでチェックインする。
 部屋に案内され一人になると、携帯電話をすぐに復帰させた。
 一番にジンにメッセージを打つ。
『明日、朝一で東京に戻る』
『上手くいったのか?』
『うん。もうあいつ諦めたと思う』
 そこから、ジンの返事はしばらくなくて、だいぶ遅れて『あ、そう』と短いメッセージが送られてきた。
「怒ってるか?怒ってるよねえ」
 堀ノ堂を倒して、一件落着とはいかないのは分かっていた。
 強敵というか、ラスボスはジンなのだ。
 あいつは一筋縄ではいかない。
 そのまま彼方は目をつむろうとした。だが、神経が尖っていて、眠りはかなり浅かった。
 朝一、八ヶ岳方面に向かう電車に飛び乗った。それでもまだ安心できない。
 だが、電車が八王子を越え、甲府に入り、見慣れた八ヶ岳の山々の景色を再び見たら、一気に安心感が襲ってきた。
 昼前に甲斐大泉駅に降りる。
 散財してしまったので、徒歩で家まで向かう。
 昼には帰ると猫たちの面倒を見てもらっていた美馬には連絡を入れていたので、彼は仕事にすでに向かってしまっていた。
 なので、誰もいない家、いや、違った。三匹の猫しかいない家にたどり着く。
 雪もだいぶ溶けてきて、きっと春は間もなくだ。
 ここの敷地で初めてまともに土を見た気がする。
 家の玄関を開ける。
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