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第六章

107:これが僕だ。あんたが育てた彼方だ

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 ジンの家のキッチンには、冷蔵庫の他、六百リットルサイズの業務用冷凍ストッカーが置いてあり、そこにはフルーツティーの元になるフルーツたちが、小分けにされて冷凍されている。もう数回分しかない。春を迎える前に最後のフルーツティーを飲むことになるだろう。その時は、ジンと一緒に飲みたい。
 ジンが居なくなってから数日のうちに立て続けに彼が注文した荷物が届いた。受け取って、寝室に置いておく。
 巡回と称して、仕事帰りの美馬もたまにやってくる。
 しかし、それはジンとの表向きの約束で、実は彼方との打ち合わせのためだった。
 ジンを猟の修行に送り出したら、彼方はとある作戦を結構しようと考えていた。
 そう。堀ノ堂との対決だ。
 それには、一泊二日で東京に行かなければならないので、猫の世話を美馬に頼む必要がある。
 他にも色々することがあった。
 まず、メルルンで黒いSサイズのシャツを買った。
 痩せてはいても、そこそこ肩幅がある彼方だとぴっちりし過ぎていて窮屈だが、体のラインがはっきり分かるシルエットが堀ノ堂の好みだ。
 あと、仕立ての良さそうなコンディションがよい紺色のロングコート。
 彼方は日焼けをしたことがないため肌が白く、この色が一番引き立つのだ。
 あと、格安でチャックが壊れかかっている旅行バックを買った。
 大き目であれば、多少の傷や汚れは問わなかった。
 そこに入れるものは、ジンから貰ったダウンジャケット。堀ノ堂から買い与えられたもう通じない携帯。それに、悪化するだけだった耳の薬。さらには。
 ガレージに向かい絶対に突き返さなければならないものをボストンバッグに詰め込む。
 そして、堀ノ堂の携帯へと電話をかけた。
 新しい携帯の番号がバレてしまっても構わなかった。
 相手は政治家。いくらでも違法な手段を使って調べることができるはずだからだ。
 数度のコールで堀ノ堂が出た。
「僕。時間取ってよ」
と彼方はすぐに用件を話し出す。
 淡々と。
 媚びずに。
 恐怖に慄くこと無く。
「東京まで出てってやる。ピアノ曲を新しく弾けるようになった。決してあんたのために覚えた訳じゃないけど。人形のピアノを久しぶりに聞きたいだろ?」
「金の無心か?まさか、あの獣に脅されてこんなことを?」
「ジンは猟の修行に出ている。しばらく帰ってこない」
「内緒で東京に?ハハ。そりゃいい」
「そのまま拉致してやろうと思っているだろ?そうはいかないよ。端々に証拠は残す。そして、それを」
「ネットにバラまくって?市井の人間にどれほどの力があると」
「いや、あんたのライバルに送りつける。嬉々として足を引っぱるだろうね」
 彼方は幾人かの政治家の名前を上げた。
 堀ノ堂が沈黙する。
「僕の生い立ちが分かるもの一式を用意しとけ」
「さっきからなんだ、その口の効き方は」
「これが僕だ。あんたが育てた彼方だ。ピアノ弾き人形を育てたつもりだろうが残念だったな。感情ってものがあるんだ。場所は、オブション。昼の時間帯にして」
 電話を終え、彼方は深い息をつく。
 さすがに彼方一人では計画を遂行できそうになくて、美馬と千山に協力を仰いでいた。
 計画がスタートしたらジンに告げてもいいから、それまでは黙っておいてくれと二人に約束させた。
 美馬には、カメラの相談をした。
 盗撮カメラだ。
 彼は素人の彼方が舌を巻く案を出してくれた。本当に何者なのだろう?
 千山には、その日にバイトに入ってもらうことにした。
 知った顔に見られていると気づいたら、堀ノ堂は連れ去りなんていう強引な手段には出ないはずだからだ。
 朝早く、この日のために美馬が携帯ショップに休みを取ってやってきてくれた。
 猫たちを預け、代わりに盗撮カメラを受け取る。
 ノンホールのピアス型。
 ネックレス型。
 ボタンに付けるものに、ペン型で胸ポケットに刺すもの。
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