上 下
107 / 126
第六章

107:これが僕だ。あんたが育てた彼方だ

しおりを挟む
 ジンの家のキッチンには、冷蔵庫の他、六百リットルサイズの業務用冷凍ストッカーが置いてあり、そこにはフルーツティーの元になるフルーツたちが、小分けにされて冷凍されている。もう数回分しかない。春を迎える前に最後のフルーツティーを飲むことになるだろう。その時は、ジンと一緒に飲みたい。
 ジンが居なくなってから数日のうちに立て続けに彼が注文した荷物が届いた。受け取って、寝室に置いておく。
 巡回と称して、仕事帰りの美馬もたまにやってくる。
 しかし、それはジンとの表向きの約束で、実は彼方との打ち合わせのためだった。
 ジンを猟の修行に送り出したら、彼方はとある作戦を結構しようと考えていた。
 そう。堀ノ堂との対決だ。
 それには、一泊二日で東京に行かなければならないので、猫の世話を美馬に頼む必要がある。
 他にも色々することがあった。
 まず、メルルンで黒いSサイズのシャツを買った。
 痩せてはいても、そこそこ肩幅がある彼方だとぴっちりし過ぎていて窮屈だが、体のラインがはっきり分かるシルエットが堀ノ堂の好みだ。
 あと、仕立ての良さそうなコンディションがよい紺色のロングコート。
 彼方は日焼けをしたことがないため肌が白く、この色が一番引き立つのだ。
 あと、格安でチャックが壊れかかっている旅行バックを買った。
 大き目であれば、多少の傷や汚れは問わなかった。
 そこに入れるものは、ジンから貰ったダウンジャケット。堀ノ堂から買い与えられたもう通じない携帯。それに、悪化するだけだった耳の薬。さらには。
 ガレージに向かい絶対に突き返さなければならないものをボストンバッグに詰め込む。
 そして、堀ノ堂の携帯へと電話をかけた。
 新しい携帯の番号がバレてしまっても構わなかった。
 相手は政治家。いくらでも違法な手段を使って調べることができるはずだからだ。
 数度のコールで堀ノ堂が出た。
「僕。時間取ってよ」
と彼方はすぐに用件を話し出す。
 淡々と。
 媚びずに。
 恐怖に慄くこと無く。
「東京まで出てってやる。ピアノ曲を新しく弾けるようになった。決してあんたのために覚えた訳じゃないけど。人形のピアノを久しぶりに聞きたいだろ?」
「金の無心か?まさか、あの獣に脅されてこんなことを?」
「ジンは猟の修行に出ている。しばらく帰ってこない」
「内緒で東京に?ハハ。そりゃいい」
「そのまま拉致してやろうと思っているだろ?そうはいかないよ。端々に証拠は残す。そして、それを」
「ネットにバラまくって?市井の人間にどれほどの力があると」
「いや、あんたのライバルに送りつける。嬉々として足を引っぱるだろうね」
 彼方は幾人かの政治家の名前を上げた。
 堀ノ堂が沈黙する。
「僕の生い立ちが分かるもの一式を用意しとけ」
「さっきからなんだ、その口の効き方は」
「これが僕だ。あんたが育てた彼方だ。ピアノ弾き人形を育てたつもりだろうが残念だったな。感情ってものがあるんだ。場所は、オブション。昼の時間帯にして」
 電話を終え、彼方は深い息をつく。
 さすがに彼方一人では計画を遂行できそうになくて、美馬と千山に協力を仰いでいた。
 計画がスタートしたらジンに告げてもいいから、それまでは黙っておいてくれと二人に約束させた。
 美馬には、カメラの相談をした。
 盗撮カメラだ。
 彼は素人の彼方が舌を巻く案を出してくれた。本当に何者なのだろう?
 千山には、その日にバイトに入ってもらうことにした。
 知った顔に見られていると気づいたら、堀ノ堂は連れ去りなんていう強引な手段には出ないはずだからだ。
 朝早く、この日のために美馬が携帯ショップに休みを取ってやってきてくれた。
 猫たちを預け、代わりに盗撮カメラを受け取る。
 ノンホールのピアス型。
 ネックレス型。
 ボタンに付けるものに、ペン型で胸ポケットに刺すもの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

処理中です...