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第五章
73:誰かさんを優しく介抱しないとならねえからなあ。ピリついてられねえんだ
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どう声を掛けていいのか、分からないようだ。
同情を誘いたいわけじゃないし、慰めの言葉が欲しいわけでもない。
ただ、真実を述べただけなのだが、真っ当に生きてきた人を居心地悪くさせてしまう。
「ペットボトル、もっと冷えたのに変えるよ。その後は喋らずに寝るんだ」
千山が、彼方へ毛布を肩まで引き上げながら言った。
諭されなくても、もう口を開く余裕は無かった。
崖から突き落とされるみたいな急激な眠りに落ちて、また首筋が冷たくなって目覚めると、ジンが床に座り、枕元で肘を付いて彼方を見ていた。
「お目覚めか」
「……ジン。……おかえり。どうだった?」
「俺のお陰で猪が大量に取れたから。かなりありがたがられた。前回と、前々回休んだ分はこれでチャラだ」
「風呂、もう入って落ち着いた?猟帰りなのに、いつもみたいにピリピリしてない」
「誰かさんを優しく介抱しないとならねえからなあ。ピリついてられねえんだ」
「すぐ治るよ」
「そうかあ?熱かなり高えぞ」
ジンが自分の短い前髪をかきあげて、彼方の冷却ジェルシートが張られた額にくっつけてくる。
「今日、一月十八日だった」
「出会って一ヶ月だな」
「二ヶ月目に入るタイミングで五万をジンに払いたかった」
「何でだ?」
「胸を張ってここに居させてもらいたかった」
「彼方サンの基準って五万だもんな。だから、メルルンへの出品をがんばってたのか?そもそも、それを植え付けたの俺だから、悪いのは俺なんだけど。でもさ、支払うことだけが、胸張ることじゃなくね?」
「でも……」
「ううん」
と咳払いが聞こえてきた。
「ボク、いるんだけど。あと、いくら好き同士でも、ウイルスは罹患するよ。だから、離れな」
「だそうだ。千山先生がそういうから離れるか」
でも、ジンはそう言いながら布団の中の彼方の手を探して、握ってくれた。
それに急速に安心した。
ジンと千山が何か喋りだす。
だが、彼方はまたうとうとし始めてしまい、何か喋っているが、聞き取りづらい。
耳の鼓膜も再び張り始めたようだ。きっと、昼のストレスと風邪、両方のせい。
「彼方に変な男が会いに来ていた。あの顔、バイト先で見たことがある。たぶん、堀ノ堂の秘書」
「ああ、さっき会った。さみい中、道で待ってた。政治家の犬ってのは大変そうだな。お前が二十歳ぐらい年とった性格悪そうな感じの奴だった」
「失礼な」
「現金見せつけながら、この家を売れってさ。その態度が、まず、なってねえなって言ってやった。はあ、よかったぜ。早々と先生の親戚にお願いして動いておいて。司法書士も交えてやりとりして、その数日後にお目見えとは恐れいった」
「彼方、心配してたぞ。余計な負担をかけたって」
「また、それか」
ジンの声がちょっと辟易としている。
「彼方サン。自分の凄さってものをまるで分かってねえんだ。俺がどうやってもできなかった人間関係の修復とか、軽々とやってのけるのに」
「そうだな。自然と、みんなを集めてる。ボクも秋野と連絡を取ってみた」
「千山が?何を?」
「さっき、彼方が自分の名字も誕生日も知らないって言ったのが気になって。そしたら、可能性は低いかもしれないけど無戸籍かもしれないって。当然、ジンも聞いたんだろ?」
「外国みたいな話だなって思った。でも、日本でも千人ぐらいいるみたいだ」
「統計上ね。たぶん、もっと多い」
「病院にも行けねえ。携帯も自由に契約できねえ。そんな生き方があるんだな」
「どうするんだ、今後?二人で一緒にって思ってるんだろ?」
「ゲイ嫌いが急にどうした?悪いもんでも食ったのか?東京の水が不味すぎて頭が湧いたのか?そもそも、何で、お前が彼方って呼び捨ててんだ」
同情を誘いたいわけじゃないし、慰めの言葉が欲しいわけでもない。
ただ、真実を述べただけなのだが、真っ当に生きてきた人を居心地悪くさせてしまう。
「ペットボトル、もっと冷えたのに変えるよ。その後は喋らずに寝るんだ」
千山が、彼方へ毛布を肩まで引き上げながら言った。
諭されなくても、もう口を開く余裕は無かった。
崖から突き落とされるみたいな急激な眠りに落ちて、また首筋が冷たくなって目覚めると、ジンが床に座り、枕元で肘を付いて彼方を見ていた。
「お目覚めか」
「……ジン。……おかえり。どうだった?」
「俺のお陰で猪が大量に取れたから。かなりありがたがられた。前回と、前々回休んだ分はこれでチャラだ」
「風呂、もう入って落ち着いた?猟帰りなのに、いつもみたいにピリピリしてない」
「誰かさんを優しく介抱しないとならねえからなあ。ピリついてられねえんだ」
「すぐ治るよ」
「そうかあ?熱かなり高えぞ」
ジンが自分の短い前髪をかきあげて、彼方の冷却ジェルシートが張られた額にくっつけてくる。
「今日、一月十八日だった」
「出会って一ヶ月だな」
「二ヶ月目に入るタイミングで五万をジンに払いたかった」
「何でだ?」
「胸を張ってここに居させてもらいたかった」
「彼方サンの基準って五万だもんな。だから、メルルンへの出品をがんばってたのか?そもそも、それを植え付けたの俺だから、悪いのは俺なんだけど。でもさ、支払うことだけが、胸張ることじゃなくね?」
「でも……」
「ううん」
と咳払いが聞こえてきた。
「ボク、いるんだけど。あと、いくら好き同士でも、ウイルスは罹患するよ。だから、離れな」
「だそうだ。千山先生がそういうから離れるか」
でも、ジンはそう言いながら布団の中の彼方の手を探して、握ってくれた。
それに急速に安心した。
ジンと千山が何か喋りだす。
だが、彼方はまたうとうとし始めてしまい、何か喋っているが、聞き取りづらい。
耳の鼓膜も再び張り始めたようだ。きっと、昼のストレスと風邪、両方のせい。
「彼方に変な男が会いに来ていた。あの顔、バイト先で見たことがある。たぶん、堀ノ堂の秘書」
「ああ、さっき会った。さみい中、道で待ってた。政治家の犬ってのは大変そうだな。お前が二十歳ぐらい年とった性格悪そうな感じの奴だった」
「失礼な」
「現金見せつけながら、この家を売れってさ。その態度が、まず、なってねえなって言ってやった。はあ、よかったぜ。早々と先生の親戚にお願いして動いておいて。司法書士も交えてやりとりして、その数日後にお目見えとは恐れいった」
「彼方、心配してたぞ。余計な負担をかけたって」
「また、それか」
ジンの声がちょっと辟易としている。
「彼方サン。自分の凄さってものをまるで分かってねえんだ。俺がどうやってもできなかった人間関係の修復とか、軽々とやってのけるのに」
「そうだな。自然と、みんなを集めてる。ボクも秋野と連絡を取ってみた」
「千山が?何を?」
「さっき、彼方が自分の名字も誕生日も知らないって言ったのが気になって。そしたら、可能性は低いかもしれないけど無戸籍かもしれないって。当然、ジンも聞いたんだろ?」
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「統計上ね。たぶん、もっと多い」
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