72 / 126
第五章
72:この家取り壊されるかもしれない
しおりを挟む
千山が彼方を呼び捨てにした上、遠慮なくジンの家に上がり込んでくる。
「飼い主が……戻ってこいって」
彼方は膝の力が抜けてシンクに身体を預けなければ立っていられなかった。
「飼い主?堀ノ堂のことか?」
「僕のピアノをどこかで聞いていて、耳は治ったみたいだからって。治ったんじゃなくて、ジンが助けてくれたんだ」
千山が彼方の身体を支えようと手を伸ばしてくる。
「分かった。分かったから、横になろう。うわっ。汗びっしょりじゃないか。ただの風邪じゃなさそうだ。すぐに病院に行こう」
「保険証がない」
「何だって?」
「名字も知らない。そんなんでも病院って診てくれる?」
「訳ありな患者はそれなりにいる。病院のスタッフもイレギュラー対応には慣れている」
彼方は千山を押しのけた。
そして、ジンの部屋に向かう。
「一番の問題は僕が無職で、まともに金も稼げないってこと。千山君が前言ったみたいに、ジンに寄生してる。子猫三匹拾って獣医に診てもらったときも全部払って貰った。この家も買ったって聞いた。それは、僕が行く先が無いから、そうしてくれたのかもしれない。なのに、僕はなんにも返せてない。医者なんか、かかれるか」
ベットに倒れ込む。
頭がガンガンしてもう何も考えられない。
冷たいものを首筋に当てられた。
目を開けると、枕元に千山がいた。
「保冷剤。ジンの冷蔵庫にたくさんあったから持ってきた。あと凍らせたペットボトルも。こっちは、太い動脈が走っているところに当てて。脇とか股の下とか。枕元に体温計あったから、熱測るよ。脈も見せて」
耳元でピコっと音がして、「三十八度一分か」と千山が言った。
医者の卵だけあって、流石に手慣れている。
「ジンは山なんだっけ?呼ぼうか?」
「いい。邪魔したくない。もう二回も邪魔している」
「なら、ジンが帰ってくるまでここにいる。熱が上がっちゃっているからジンの家にある薬じゃ効きがわずかなんだけど、ひとまず飲んでおこう。ああ。喉の腫れもひどいな」
渡された薬を飲み、脇や股の凍ったペットボトルを抱きしめる。
「テスト……は?」
「携帯で勉強してるから。いいから寝てな。ジンと一緒で全然、人の言う事を聞かないな。似た者同士だ」
彼方は薄目を開けた。
千山がラグの上であぐらをかいて、携帯画面をスクロールしている。
「ねえ、千山君。マンガ喫茶に泊まったことある?」
「唐突に何?夜明かしなら何度か」
「十二月の寒い時期に、マンガ喫茶で寝ようとすると、暖房はガンガン効いてるのに、仕切りのせいで暖かいのは天井部分だけ。座っている場所は結構寒いんだ。体調がものすごく悪かった時、そんな場所でしか寝られなくて辛かった」
「だから、今はマシって?」
「ジンも、きっと、僕が八ヶ岳で知り合った人は誰もそんな惨めな思いをしたことない。だから、ジンと僕は違う」
「彼方の方が、ジンと一緒にされたら困るか」
ハハハと、千山が笑う。
「ジン。この家を買ったみたい。たぶん、無理したはず。予定には無かったはず。さっきの男が、この家を倍の値段で買うってジンに正式に通知するって。そんなことしたら、この家取り壊されるかもしれない」
額の冷却ジェルシートが剥がされた。
そして、新しいのが張られる。
「うわっ。熱っ。さっきさ、変なこと言ってたよね。ジンが、内木さんの家を売り渡すかもしれないって。馬鹿言うなよ。内木さんが死んだ時、ジンがどれほど落ちこんだか。ここにそのまま住み着いたって聞いたとき、家ごと心中する気なんじゃないかって思ってたぐらいだ。だから、それは無い。数日違いで生まれて、それ以来、幼なじみやってるんだ、ボクの言うことは正しいぞ」
「誕生日、近いんだ。いいなあ。僕、名字だけじゃなく、自分の誕生日も知らない」
千山が、少し困った顔をしていた。
「飼い主が……戻ってこいって」
彼方は膝の力が抜けてシンクに身体を預けなければ立っていられなかった。
「飼い主?堀ノ堂のことか?」
「僕のピアノをどこかで聞いていて、耳は治ったみたいだからって。治ったんじゃなくて、ジンが助けてくれたんだ」
千山が彼方の身体を支えようと手を伸ばしてくる。
「分かった。分かったから、横になろう。うわっ。汗びっしょりじゃないか。ただの風邪じゃなさそうだ。すぐに病院に行こう」
「保険証がない」
「何だって?」
「名字も知らない。そんなんでも病院って診てくれる?」
「訳ありな患者はそれなりにいる。病院のスタッフもイレギュラー対応には慣れている」
彼方は千山を押しのけた。
そして、ジンの部屋に向かう。
「一番の問題は僕が無職で、まともに金も稼げないってこと。千山君が前言ったみたいに、ジンに寄生してる。子猫三匹拾って獣医に診てもらったときも全部払って貰った。この家も買ったって聞いた。それは、僕が行く先が無いから、そうしてくれたのかもしれない。なのに、僕はなんにも返せてない。医者なんか、かかれるか」
ベットに倒れ込む。
頭がガンガンしてもう何も考えられない。
冷たいものを首筋に当てられた。
目を開けると、枕元に千山がいた。
「保冷剤。ジンの冷蔵庫にたくさんあったから持ってきた。あと凍らせたペットボトルも。こっちは、太い動脈が走っているところに当てて。脇とか股の下とか。枕元に体温計あったから、熱測るよ。脈も見せて」
耳元でピコっと音がして、「三十八度一分か」と千山が言った。
医者の卵だけあって、流石に手慣れている。
「ジンは山なんだっけ?呼ぼうか?」
「いい。邪魔したくない。もう二回も邪魔している」
「なら、ジンが帰ってくるまでここにいる。熱が上がっちゃっているからジンの家にある薬じゃ効きがわずかなんだけど、ひとまず飲んでおこう。ああ。喉の腫れもひどいな」
渡された薬を飲み、脇や股の凍ったペットボトルを抱きしめる。
「テスト……は?」
「携帯で勉強してるから。いいから寝てな。ジンと一緒で全然、人の言う事を聞かないな。似た者同士だ」
彼方は薄目を開けた。
千山がラグの上であぐらをかいて、携帯画面をスクロールしている。
「ねえ、千山君。マンガ喫茶に泊まったことある?」
「唐突に何?夜明かしなら何度か」
「十二月の寒い時期に、マンガ喫茶で寝ようとすると、暖房はガンガン効いてるのに、仕切りのせいで暖かいのは天井部分だけ。座っている場所は結構寒いんだ。体調がものすごく悪かった時、そんな場所でしか寝られなくて辛かった」
「だから、今はマシって?」
「ジンも、きっと、僕が八ヶ岳で知り合った人は誰もそんな惨めな思いをしたことない。だから、ジンと僕は違う」
「彼方の方が、ジンと一緒にされたら困るか」
ハハハと、千山が笑う。
「ジン。この家を買ったみたい。たぶん、無理したはず。予定には無かったはず。さっきの男が、この家を倍の値段で買うってジンに正式に通知するって。そんなことしたら、この家取り壊されるかもしれない」
額の冷却ジェルシートが剥がされた。
そして、新しいのが張られる。
「うわっ。熱っ。さっきさ、変なこと言ってたよね。ジンが、内木さんの家を売り渡すかもしれないって。馬鹿言うなよ。内木さんが死んだ時、ジンがどれほど落ちこんだか。ここにそのまま住み着いたって聞いたとき、家ごと心中する気なんじゃないかって思ってたぐらいだ。だから、それは無い。数日違いで生まれて、それ以来、幼なじみやってるんだ、ボクの言うことは正しいぞ」
「誕生日、近いんだ。いいなあ。僕、名字だけじゃなく、自分の誕生日も知らない」
千山が、少し困った顔をしていた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
チート魔王はつまらない。
碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王
───────────
~あらすじ~
優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。
その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。
そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。
しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。
そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──?
───────────
何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*)
最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`)
※BLove様でも掲載中の作品です。
※感想、質問大歓迎です!!
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる