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第四章

57:だって、急にいちゃつくんだもん

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「だって、急にいちゃつくんだもん」
「ほんと、周りの目も考えず、君らって迷惑」
 ベットに横たわっている二人から返事があった。
「見せつけてやったんだ。特に千山の後学のために。感謝しろ」
「死ね、ジン」
「おまえこそ、死ね」
「あはは、うけるー」
 まだ酔いが強いのか、美馬がベットで仰向けになったまま手を叩いて笑い出す。
 おせちの残りを摘んで、少し休んで、彼方は二回目の演奏に出かけた。
 そろそろ、ジンの作るフルーツティーが飲みたかった。 
 毎食のように出てくるフルーツティーは、どんなに飲んでも飽きない。
 もう虜だ。
 八ヶ岳ではどこのホテルでもフルーツティーが置いてあるらしい。五井のホテルでも注文すれば、飲めるはずだ。
「けど、ジンのが飲みたいな。あの家で」
 少し留守にしただけだ。
 それに、家主は今日は一緒にこっちに来ている。
 なのに、恋しくなる。
 あの家は、彼方のものでも、ジンのものでも無いが、心の拠り所になりつつある。
 二回目の演奏を終え、部屋に戻ると、美馬と千山の姿は無かった。
 友達を二人呼び出して、一人に美馬の車を運転してもらい、帰ったらしい。
 さっきまで騒がしかったのに残念だ。
 なんというか、テレビで見るだけだった、友達と遊ぶというシーンが自分の人生でも起こって、満たされた気分だったのだ。
「千山は試験があるから東京に一瞬、戻るらしいんだけど、その前後で、メルルンに出品して欲しいのを持ってくるってさ。美馬も近日中に頼みたいって」
「家に戻ったらガンガン働くよ」
「これからもホテルでピアノを弾く仕事があったらいいのにな」
「ジンが送ったり迎えたりしなきゃいけないだろうから、大変だろ。免許が取れたらな」
「演奏ができればどこでもいいなら、美馬が教えてくれた配信アプリっつうので演奏してみるか?」
「そのためにピアノを買うって?僕、メルルンでいくら鹿の角を売ればいいんだ?」
 途方もない作業に思えた。
 それにまだメルルンで取引は一回も成功していない。
「半年ぶりに弾いたから、けっこう指が鈍っていた。でも、もう弾くこともないだろうと思ったし、あっても、耳の鼓膜が張って弾けないだろうって、だから今は、これで充分だよ」
 配信アプリを利用して演奏してみたところで稼げるから分からないし、アカウントを作るにはきっと本人確認が必要だ。今の自分には難しい。
「俺ので作って、彼方が利用すればいい」とジンは言いそうだが、それでは、解決にならない。
 ほらまた。同じところで同じ問題にぶち当たる。
「じゃあ、行ってくるね」
 美馬と千山が帰ってしまったので、少しジンの腕の中で休んだ。
 さすがに、二日で二時間五回の演奏は疲れた。
「最後だ、最後だ」と言い聞かせて、ラウンジまで降り、ピアノの椅子に座る。
 今回の演奏リストは最後が、飼い主との思い出の曲だった。
 昨夜は変な視線を感じたなあと思いながら、最後の曲を弾いていると、
 ---まただ。
 今度は首に突き刺さるような視線を感じる。
 僕を見ている?
 この視線、ピアノを弾く彼方を見ていた飼い主の視線と似ている。
 いや、同じ?
 だが、ここは八ヶ岳。
 飼い主の元を飛び出して、半年が過ぎている。
 東京でもないのに偶然、再会なんてありえない。
 彼方は視線の主を確かめることを止めた。
 指のピッチを早くして、やっつけ仕事で演奏を終わらせる。
 ラウンジのピアノ弾きの音など、誰も聞いていない。
 最後の音を弾き終えると、それなりの達成感がやってきた。
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