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第四章

56:俺の言ってること、顔真っ赤だからちゃんと伝わってるってことだよな?

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「痛いな。あとからこんなんじゃなかったって恨まれるの嫌なんだ」
「お前ら、もういい。帰れって」
 口喧嘩しそうな美馬と千山にジンが口を挟んでくる。
「彼方は風呂。もうすぐ一回目の演奏時間だろ?」
「ウエーイ。彼方君頑張ってえ。後で見に行く。だって、酒飲んじゃったからしばらく運転できないし。俺等、こんなんじゃ、君のヒモみたいね?」
「美馬と一緒にすんな」
と千山がおせちをつまみながら言う。
 彼方が立ち上がると、ジンがバスルームまで付いてきた。
「夜までおしゃべりしてたら?じっくり話をするのは、六年ぶりなんでしょ?」
「まあな。でも、彼方が現れなければ、きっと、こういう場はなかった。だから、どうもな」
「ジンは僕に礼を言われるのが好きって言うけれど、僕もジンにどうもなって言われるとうれしい。役に立てたみたいでよかった。あのさ、ジン。あんなにすごいおせち、ありがとうね。正月の祝い事なんて」
「テレビの中だけだと思っていた?」
「うん」
 二人に隠れて、彼方はジンに向かって背伸びした。
 そして、キスをする。
「今日、一日頑張るから待てって、部屋で」
「了解。彼方が帰ってくるまでに、美馬と千山は闇に葬っておく」
「それ、冗談に聞こえなくて怖い」
 シャワーを浴びて支度を整え、三人に見送られて、一階のラウンジへと向かう。
 今日は一月一日。着物を着た女性もちらほらいて、昨夜よりもさらにホテルは華やいる。
 彼方はピアノの椅子に座って、昨日と同じく静かに曲を弾き始めた。あっという間に二時間が経って、部屋に戻る。
 美馬と千山は昨夜から寝て無くてさすがに限界が来たのか、セカンドベットルームで布団も掛けずに眠っている。
 屍累々。
 寝るためにセカンドベットルームに入ったというよりは、二人とも倒れ込んだという姿だ。 
 ジンが、散らかった机を片付けていた。
「おつかれ」
「ただいま。随分、食べたね」
「あいつら、がっつきがやって。でも、彼方のは残してある」
「それだけジンの料理が美味かったってことだよ」
「じーんー。美味しかったで思い出した。ばあちゃんが、お前が絞めた猪肉、内木さんの味に近くなったって褒めてたぞ。あ、彼方君、おかえり」
 急にセカンドベットルームからからかうような声がした。
「美馬は黙って寝とけ」
とジンは怒鳴り返す。
「彼方が八ヶ岳にやってきた次の日、卵やら蜂蜜やら貰ってきたろ。あれ、美馬んちの。俺が獲った猪肉を真空パックしたやつと交換してもらった。美馬のばあちゃんは、先生の絞めた肉が好きだったから、けっこう味にうるさい」
「繋がってるんだね」
「田舎だからな。今は、雪で閉ざされてるから閉塞感が強いかもしれないが、春になれば、川釣りとかも気軽にできるし、楽しみが増える」
「八ヶ岳の春」
 想像してみるが、今まで雪景色しか見ていないので、なかなか難しかった。
「綺麗だぞ。山で山菜がごっそり採れるからメルルンで売りな」
「それって窃盗?」
「俺んちの山だからいいんだよ」
「ひえっ。山って個人の所有物にできるの?知らなかった。でも、春はまだ先だ。三ヶ月後もだよ?」
 たぶんそれって、来月も再来月もいろよとジンが言ってくれているという意味で……。
「俺の言ってること、顔真っ赤だからちゃんと伝わってるってことだよな?」
と言いながら、ジンが顔に触れてくる。
「ふ、二人が。美馬くんの方は起きてる」
「分かってる。それに、千山も、起きてるし。おい。呼吸が不自然だから、途中から目が覚めてるの知ってるぞ」
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