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第四章

55:にしてもお前、猟師辞めて、料理人でもなるつもり?

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『スゲエソレ?』
 彼方と美馬と千山が同時に聞き返す。
「ホテルの一階にあるピアノの名前。彼方、言ってたじゃねえか」
「まさか、スタンウェイのこと?最初のスの字しか合ってない!」
 ジンの豪快な間違い方に彼方が驚いていると、美馬が携帯で調べ始めた。
「一台一台手作りで、家庭用の一番お安いのでも、一千万円だってさ。たぶん、五井のホテルにあるのは、ホール用だろうからその倍するはず」
「うひい」
 彼方は変な声を出して笑っていた。 
 あのピアノにそんな価値があったなんて。
 飼い主に飼われていた頃は全く知らずに弾いていた。
 いざ自分の身体を売ろうとして、値段というものを数字ではなく肌感覚で知った。
「にしてもお前、猟師辞めて、料理人でもなるつもり?」
と千山がおせちの詰まったお重を見て再度呆れる。
「彼方が一回も食べたこと無いって言うから、昨晩、三段を五段に急遽変更して猛ダッシュで仕上げた。五十品ある」
「五十品?!うちのばあちゃんだって無理だぜ」
「なんとか料理専門学校のセンセーの著書見ながら作った。さすがにムズかった」
「だから、夜遅かったの?」
「おう」
 ジンは、作り方を説明しながらおせちを皆に勧めてくる、自分は食べようとしない。
「食べないの?」と聞いても「味見をたくさんしたから」と返してくる。
 五井も一瞬やってきて、おせちを少し摘んでまた仕事へと戻っていった。
 ホテルは年末年始がかきいれ時で、本当に忙しいみたいだ。
 彼等の中学の話や、部活の話はとてもおもしろい。
 ジン曰くもう一人、「市役所」というメンバーがいて、彼が揃えば、黄金の一回戦負けチームメンバーが揃うらしい。
「いいなあ」
 彼方は呟いていた。
「ん?」
と美馬が聞いてくる。
「僕、学校に通ったこと無いから。同級生も友達もいなかった」
「引きこもってたってことか?」
と千山。
「彼方君は、教室の隅で本読んでそう。で、なにげにモテるし、そこそこ友達いそうな感じ」
 彼方は首を振った。
「そういうの全然、経験ない」
「なら、これから増やせばいい」
と千山が言った。
 意外な人物の意外な発言に彼方はびっくりしてしまった。
「何、えー??千山君がそれ言っちゃう、みたいな顔してんだよ」
と千山は言い返してくる。そして、一瞬考え込んだ。
「何だっけ?町おこし定住プランみたいなのも八ヶ岳にはあったはず。空き家が格安で借りられたり、引っ越し祝い金みたいなのが貰えたり、ただで引っ越してくるよりお得なんだと。そこら変は「市役所」が詳しいから聞いてみたら?てか、ジン。秋野に変なあだ名付けるの止めろ」
 千山はジンに一言注意して、また続けた。
「けど、東京と違って雪はドカドカ降るし、田舎だし、店は少ないし、閉鎖的だし、手放しでおすすめはしない」
「うん、そっか」
 不便さも含めて、彼方には魅力的だった。
 だって、新天地を求めるのだ。 
 でも、それにはどうしても、自分を公的に証明する必要がある。
 欲しい欲しいと指を咥えているだけでは、絶対に手に入りそうにない。
 きっとそれは、彼方に用意された最後の関門なのだと思う。
 こじ開けるのは、難儀そうだ。
「千山!せっかく八ヶ岳の人口が一人増えそうだってのに、ネガティブなことばかり言うな」
 美馬が千山を肘でつく。
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