上 下
51 / 126
第四章

51:落ち着かない?いつものジンらしくない

しおりを挟む
 人がさほど多くない八ヶ岳も、年末年始は帰省客や観光客の車が多く、時折渋滞に出くわす。
 ジンが運転する軽トラックで雪道を走っていると、大きなホテルについた。
 まるで、雪山にそびえる洋風の城みたいな姿だ。
 真正面は、ガラス窓が天井まで張られ、手前には椅子や丸テーブル。ラウンジになっているようだ。
 隅にひっそりとグランピアノが置かれてあった。
「先ほどはどうも」
 入り口横手にあるチェックインカウンターでジンが名前を告げると、五井が出てきて、颯爽とした足取りで部屋に案内してくれた。
 顔見知り客がたくさんいるのか、
「今年も来てくださってありがとうございます」
だの、
「来年もよろしくお願いいたします」
だの、にこやかに挨拶をする。
 部屋はホテルの最上階で、廊下に敷かれている絨毯もふかふかな感じが足の裏に伝わってくる。
 部屋に入ると、五井がキリッとした態度をいきなり崩し、「ぎでぐれてありがどううううう」と彼方の手を握ってぶんぶんとしてきた。
 振れ幅の大きい人だ。さっきのキリッは、営業用らしい。
 彼方が笑っていると、ジンが窓辺に立った。
 そこからは、八ヶ岳の景色が一望できる。
 黒い山肌がかすかに見えるぐらいで、ほぼ一面が、真っ白だ。
 部屋は応接間があって、左右に寝室がある。つまり、ツーベットルーム。
 マスターベッドルームに、彼方のスーツと革靴が用意されていた。この二日が終わったら自分のものにしてくれていいと言う。
「五井さん。赤字じゃないの?ホテル代だってかかってるし」
「穴を開けない方が大事。それに、どのホテルもトラブルがあった場合移ってもらうようの予備の部屋を必ず残しているから、こっちの方は大丈夫」
「なら、いいんだけど」
 着替えをすませ、ジンの元に戻った。
 髪は五井が持ってきてくれた整髪料で整えてくれた。
 こんなにきっちりした姿になるのは、本当に久しぶりだ。
「それじゃ、時間になったら下で」
と五井が足早に去っていく。
「似合う」
 応接間で待っていたジンに近づいていくと、彼方を見て言う。
「俺のダウンジャケット着ているより、しっくりくる」
「僕、あれ好きだよ。暖かいし。なんで、そんなに距離取ったままなの?」
「脱がしたくなるから」
 ドキッとするようなことをジンに言われ、彼方は照れる。
 フィッティングもすることなく与えられたスーツだが、いつもの自分にかなり近い。
 その姿を褒められるのは嬉しい。
 そして、後から複雑な感情が湧いてきた。
 いつもの自分。
 それは、飼い主に作られたものだからだ。
「ジンの目に魅力的に映っているならよかった」
 純粋な笑顔は、途中で作り笑いに変わった。
 もしかしたら、鋭いジンは気づいてるのかもしれない。
 また、窓の方を向きながら、ジンが言った。
「ラウンジ。寒くないといいな」
「弾いているうちに、そういうの分かんなくなるから大丈夫。間違えた、冷え切ったら温めてくれると嬉しい」
「了解」
とジンは言いながら、またこちらを向いて、今度は天井や床の隅へと視線を移した。
 そして、刺繍が見事なソファーに座り心地悪そうに腰を付ける。
「落ち着かない?いつものジンらしくない」
「なんか、こういうところはな。逆に彼方は当たり前のように溶け込んでるからそれに慣れないのかもしれない」
 その言い方は、的を得ていた。
 彼方は、何着もこの手のものを買い与えられて、数回、袖を通しただけでいつの間にか捨てられていて、また、新しいのがクローゼットに詰まっていて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...