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第三章
34:嫌なのは、せ、性行為の間に、お金が挟まってくることで
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昼過ぎに帰宅し、ジンは、買ってきた食材を仕分けしはじめる。
彼方は、いつもの薪ストーブの前だ。
久しぶりの外出は相当疲れたのか、それともピアノを予定外に弾いたせいなのかすぐに寝入ってしまった。
手には、リュックから出した携帯を握っている。
本当にあの姿はすごかった。
ジンは、カウンターキッチンに立ちながら、グランドピアノを弾いてた彼方の姿を思い出す。
いや、頭から離れない。
スーツを着せて、若者なんか絶対に入れない豪奢なバーみたいなところで、自分だけのリクエストに応えてピアノ曲を弾いてくれる。
金持ちや権力者の遊びには最高だろうなと思う。
でも、彼方は人形じゃない。
身体の一部が壊れたからって、捨てていいもんじゃないし、そうやったらすがってくるだろうかと気持ちを試していいものでもない。
「あれ?もう夕方?」
日が暮れてからようやく彼方が目覚めた。
「疲れは?」
「よく寝たーっ。そんな気分」
「よし!じゃあ、パーティーすっか。今日、クリスマスだしな」
彼方は怪訝な顔をしている。
ジンは冷蔵庫からホールのケーキを出した。
奮発した十一号のケーキだ。毎日二人で一切れずつ食べたら、ようやく年末に無くなる。
あのショッピングモールには東京の有名店も出店しているが、食べるなら、八ヶ岳の老舗のケーキ屋がいい。安っぽい味の硬いチョコレートがコーティングされていて、フォークでばりばり刻みながら食べる。生クリーム風にデコレーションされた飾りも実はホイップのまがい物だ。ジンが子供の頃は、ケーキ屋と言えばここしかなくて、ここいらの子供は誕生日やクリスマスをそれで祝った。
「顔、洗ってくる」
洗面所に行き戻ってきた彼方は「やっぱりあるな」と言った。
「ケーキ。テレビの中だけのものだと思っていた」
「地元のケーキ屋のだし、そんな豪華じゃねえけど。はい」
八分の一にカットして皿に乗せてやる。
どれぐらい飲めるか分からないので、ひとまず彼方の飲み物はお子様シャンパンだ。
「唐揚げもあるぞ。ポテトもできたてのを今から出す。チキンは皮をパリパリに焼いといた。あと三分でできる。ピザも材料があるから焼こうと思ったらすぐに。おい?どした?食う前から胸焼けか?」
彼方が鎖骨に顎がつくほど、うつむいていた。
「今日は、いい日すぎる」
「たったこれだけで?」と茶化すより、ジンはいい言葉を見つけた。
「これから、楽しいことが目白押しだ。間もなく、大晦日が来る。その次は正月、三が日って続いて。そして、あっという間に時間が過ぎて、出会って一ヶ月経つなあなんてきっと二人で言ってる」
時間が過ぎて、彼方は東京で、ジンは八ヶ岳で、それぞれ一人で、八ヶ岳で出会った日のことを思い出すなんてことが今後無いといい。
「出会って一ヶ月後も二ヶ月後も、その先も、一緒がいい」
ジンがそう伝えると、彼方が急に携帯画面を見せてきた。
勝手に弄っただろうと言われるのかと思ってドキッとした。
だが、違った。
「Wi-Fi。復活して、また死んだ」
「ショッピングモールのに繋がったんだ、きっと」
設定をしなければ勝手に繋がるわけはないのだが、彼方はそこら辺のことはよく分からないらしい。
疑うことはない。
「ジンのメッセージ、届いていた」
「俺の?いつ、送ったっけ?」
「甲斐大泉駅で待ち合わせた晩のメッセージ。タイヤがパンクした。ちょっと待ってて。必ず行くから。なあ、返事して?どうした、急に?何かあったのか、なあってば?っていっぱい」
「おう。迎えに行くって約束したからな」
彼方が口元を押さえた。その手元が震えている。
「どう伝えていいのか分からない」
「何を?」
「夜のこと」
ジンは彼方の細い肩を撫でた。
「あのさ、本当に無理しなくていいから。もちろん、残念な気持ちはあるけど、居てくれるだけで---」
「違うんだ。嫌なんじゃない。嫌なのは、せ、性行為の間に、お金が挟まってくることで。僕が勇気を出して、ジンに迫ったって義務だって思われるのが、なんか嫌なんだ。「おつかれ」ってジンはいつも言う」
「それは……」
彼方に負担をかけないようにだ、と言いかけるが、彼方がうつむいたまま軽く片手を上げたので阻まれてしまった。
彼方は、いつもの薪ストーブの前だ。
久しぶりの外出は相当疲れたのか、それともピアノを予定外に弾いたせいなのかすぐに寝入ってしまった。
手には、リュックから出した携帯を握っている。
本当にあの姿はすごかった。
ジンは、カウンターキッチンに立ちながら、グランドピアノを弾いてた彼方の姿を思い出す。
いや、頭から離れない。
スーツを着せて、若者なんか絶対に入れない豪奢なバーみたいなところで、自分だけのリクエストに応えてピアノ曲を弾いてくれる。
金持ちや権力者の遊びには最高だろうなと思う。
でも、彼方は人形じゃない。
身体の一部が壊れたからって、捨てていいもんじゃないし、そうやったらすがってくるだろうかと気持ちを試していいものでもない。
「あれ?もう夕方?」
日が暮れてからようやく彼方が目覚めた。
「疲れは?」
「よく寝たーっ。そんな気分」
「よし!じゃあ、パーティーすっか。今日、クリスマスだしな」
彼方は怪訝な顔をしている。
ジンは冷蔵庫からホールのケーキを出した。
奮発した十一号のケーキだ。毎日二人で一切れずつ食べたら、ようやく年末に無くなる。
あのショッピングモールには東京の有名店も出店しているが、食べるなら、八ヶ岳の老舗のケーキ屋がいい。安っぽい味の硬いチョコレートがコーティングされていて、フォークでばりばり刻みながら食べる。生クリーム風にデコレーションされた飾りも実はホイップのまがい物だ。ジンが子供の頃は、ケーキ屋と言えばここしかなくて、ここいらの子供は誕生日やクリスマスをそれで祝った。
「顔、洗ってくる」
洗面所に行き戻ってきた彼方は「やっぱりあるな」と言った。
「ケーキ。テレビの中だけのものだと思っていた」
「地元のケーキ屋のだし、そんな豪華じゃねえけど。はい」
八分の一にカットして皿に乗せてやる。
どれぐらい飲めるか分からないので、ひとまず彼方の飲み物はお子様シャンパンだ。
「唐揚げもあるぞ。ポテトもできたてのを今から出す。チキンは皮をパリパリに焼いといた。あと三分でできる。ピザも材料があるから焼こうと思ったらすぐに。おい?どした?食う前から胸焼けか?」
彼方が鎖骨に顎がつくほど、うつむいていた。
「今日は、いい日すぎる」
「たったこれだけで?」と茶化すより、ジンはいい言葉を見つけた。
「これから、楽しいことが目白押しだ。間もなく、大晦日が来る。その次は正月、三が日って続いて。そして、あっという間に時間が過ぎて、出会って一ヶ月経つなあなんてきっと二人で言ってる」
時間が過ぎて、彼方は東京で、ジンは八ヶ岳で、それぞれ一人で、八ヶ岳で出会った日のことを思い出すなんてことが今後無いといい。
「出会って一ヶ月後も二ヶ月後も、その先も、一緒がいい」
ジンがそう伝えると、彼方が急に携帯画面を見せてきた。
勝手に弄っただろうと言われるのかと思ってドキッとした。
だが、違った。
「Wi-Fi。復活して、また死んだ」
「ショッピングモールのに繋がったんだ、きっと」
設定をしなければ勝手に繋がるわけはないのだが、彼方はそこら辺のことはよく分からないらしい。
疑うことはない。
「ジンのメッセージ、届いていた」
「俺の?いつ、送ったっけ?」
「甲斐大泉駅で待ち合わせた晩のメッセージ。タイヤがパンクした。ちょっと待ってて。必ず行くから。なあ、返事して?どうした、急に?何かあったのか、なあってば?っていっぱい」
「おう。迎えに行くって約束したからな」
彼方が口元を押さえた。その手元が震えている。
「どう伝えていいのか分からない」
「何を?」
「夜のこと」
ジンは彼方の細い肩を撫でた。
「あのさ、本当に無理しなくていいから。もちろん、残念な気持ちはあるけど、居てくれるだけで---」
「違うんだ。嫌なんじゃない。嫌なのは、せ、性行為の間に、お金が挟まってくることで。僕が勇気を出して、ジンに迫ったって義務だって思われるのが、なんか嫌なんだ。「おつかれ」ってジンはいつも言う」
「それは……」
彼方に負担をかけないようにだ、と言いかけるが、彼方がうつむいたまま軽く片手を上げたので阻まれてしまった。
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