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第三章

31:だとしても、手抜きしていいってもんじゃないだろう

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「じゃあ、次、行こう。一階で年末の買い出しをしときたい」
「荷物持ちする」
「一階にもベンチがあるから、座って待っていてもいい。髪切ってもらうのも疲れただろ」
 ジンも東京から帰ってきた日は、どどっと疲れが出る。
 人疲れってやつだ。
 あんな場所には二度と行かないと毎回思うが、自分だけしか音を出さない八ヶ岳の家に帰ってくると無性に寂しくなる。そして、好きだった人はもうここには居ないと実感する。
そんな数年間だった。
 だが、彼方が突然現れて、ジンの生活を一変させた。
 おかしな表現だが、彼方はジンへ呼吸の仕方を教えてくれた。
 いつも息苦しかった。
 土地は余りあるほどあるのに、息苦しいのだ。
 すぐに噂は広がるし、そして消えない。
 ゲイであることを、隠さねばならないから常に悪いことをしているように感じていた。
 でも、今はそうじゃない。
 彼方が居つく場所を探しているというなら、自分のところだったらいいなと切に願っている。
 そのためには、解決すべき事はしてやらないと。
 彼方が動き出さないなら、自分でこっそりとでも。
 もちろん、いい気分はしないが。
 ジンは一階に着くと、ショッピングモール中央のベンチに連れて行った。
「じゃあ、ここで休んでようかな。正直、疲れた。あれ、ピアノがある」
 彼方が、大きくスペースが取られた場所に置かれたグランドピアノに気づいた。
「どこでもピアノってここらへんの奴らは呼んでる。誰が弾いてもいいんだ」
「ふうん」
 彼方は、あまり、いい反応ではない。
 耳がだめになって上手に弾けなくなり、飼い主に捨てられたと言っていた。
 金持ちは、高いヴァイオリンを買ったり、音楽ホールを造ったりするようだが、自分好みのピアニストを育成し、自分の命令で弾かせるのはもしかしたら究極にこじれた性癖なのかもしれない。
 ここの場所を教えるかどうか迷ったが、食料品売場はこの先だ。ピアノがある場所を避けるとなると、ぐるっと迂回することになる。それに、買い物はこのショッピングモールですることが多い。いずれは気付く。
「じゃあ、俺は食料品の買い物してくる。待ち時間は、目安十五分」
「分かった」
 彼方はそのままベンチに座った。黙って、グランドピアノを見ている。
 上手に弾けなければ捨てられる。
 そんな恐怖をこの楽器から味わったのだから、耳だって痛くなる。
 何も聞きたくない。
 だから、一番弱い部分に、ストレスが出た。
 これは、久しぶりに連絡を取った医者の卵からの受売りだ。
 携帯屋の美馬の他に、あと三人、ジンには親しくしていた同級生がいた。
 全員バスケ部で、その年代の部員は五人。
 少子化で学年は二クラスしかなく、男が入る部活は、野球、卓球、そして、バスケしかなかった。
 だが、ジンの心ここにあらずな態度のせいで、地区予選を一回戦負けした。
 部ができてから、一回も県大会にも進めない弱小バスケ部だ。誰も期待はしてない。
 でも、試合後、
『だとしても、手抜きしていいってもんじゃないだろう』
と医者の卵に怒鳴られた。
 そんなことを言われても無理だった。
 部活のマネージャーと付き合って、いざやるとなって、自分の相手は女じゃないと確信したばかりだったからだ。
 頭の硬い親は、病気の一種だと思うだろうし、それとなく打ち明けた兄には、「東京にかぶれた一過性のファッション」みたいな捉え方をされた。
 マネージャーとは手すら繋げなくなり、ひどい奴だと学年中で言われた。
 小さな田舎の中学校なので、総攻撃状態だった。
 だから、山に逃げ込んだ。
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