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第三章

28:ジンのがいいんだ。その、初日からずっと着ていて、安心するから

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「これも、ちゃんと払うから」
「そのうちでいい」
「夜で返して」と言ったら、また思い詰めたような顔をされそうで、ジンはからかうのを避けた。
 こっちは、できるならどんな手段をとっても触れたい気分だ。
 一緒にいてくれればそれでいいと思っておきながら、過ごす時間が積み重なっていくごとに我慢できなくなりつつある。
 彼方が、ジンが入れたスウェットを棚に戻した。
 あれ?まだ、何も言ってないのに、いつもの困った顔をしている。
「サイズはMのを選んだはずだぜ?あ、柄が気に入らないのか?少年誌で人気の漫画とコラボしてるやつみたいだけど。じゃあ、無地のにすっか?」
「いらない。ジンが貸してくれてるのでいい」
「だから、あれは、でかいし、裾が長……」
 すると、彼方がジンを遮るように言い直した。
「ジンのがいいんだ。その、初日からずっと着ていて、安心するから」
 離れていこうとする彼方の腕を捕んで、背の高い洋服ラックとラックに挟まれた誰もいない通路で、少し腰をかがめて彼方の耳元で囁く。
「なんか、くる、その言い方」
「僕は、なんか、恥ずかしい。言わなければよかった」
「その言い方もくる」
 またからかってしまった。これはそのうち本気で怒り出す。
 だから、ジンは「さあ、会計、会計」と彼方の身体に軽く籠をぶつける。
 服屋から出て、彼方を美容院まで送っていく。
 いつも混んでいないので、予約はしていない。
「三十分後に迎えに来る。早く終わったら外のベンチに座って待ってて。あ、リュック預かっててやるよ」
と約束し、ジンはすぐ側の携帯ショップに急いだ。
 こちらも、店内に人はおらず、カウンターに座ってる若い店員は暇そうだ。
 ペンの端を持って、ブンブン振っている。 
 ジンは、椅子を引きながら店員に向かって言った。
「カット無料券よこせ」
「久しぶりに会って、一言目はそれか」
「トリートメント無料券もよこせ」
「新規で携帯をご購入いただけるなら、いくらでも」
と店員は、嘘くさい営業スマイルで返してくる。
 美馬という名前でジンの中学の同級生だ。
 高校を卒業し、東京にあるIT専門学校に進んだが、一年程度で辞めて戻ってきた。それ以来、ここの携帯ショップで働いている。
 まともに話をするのは六年ぶりだった。
「何だ、この前の連絡。急に、この電話番号を調べろって。要件のみなんて、相変わらずだな。それに、まだ八ヶ岳にいるなんて。猟の修行に出て、ここいらにはいないと思っていた」
 猟だけでは腕は鈍る。
 だから、銃のスクールに通ったり、もっと本格的なのは、全国各地の腕のある猟師を頼って修行の旅に出る者もいる。
 近所(といっても車で十分)の住民に、この先どうするのかと聞かれて、そのうち猟修行で家を空けるかもと答えた。それが、巡り巡って同級生の耳にも届いている。田舎の噂話はネット回線より早いのだ。
「マジで、新規で契約してやってもいいぞ」
 すると、先程まで不機嫌だった美馬は、ころっと声色を変えて「お客様あ。何になさいますか?ついでに、お家のインターネット回線はいかがです?電気の契約も乗り換えません?」と聞いてくる。
「インターネット回線?携帯がありゃあ、足りる」
 昔、好きだった人が生きていた頃は、宿泊客のためにも必要で契約していたのだが、いつ再開するかわからないので一旦解約していた。
 でも、彼方がいるなら再度契約してもいいかもしれない。
 パソコンで何かやる始めるかもしれないし、なにより、民泊を再開するためのやる気がジンに少しずつだが湧いてきていた。
「電話番号の契約者を俺に知らせるのが先。あと、無料カット券とトリートメント券もな」
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