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第三章

22:名字は、まだあかしてくれない。

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 パチパチと薪ストーブの中で燃えている木が爆ぜる。
 その側にあるソファーで彼方が眠っているのを横目で見ながら、ジンは鍋を作る。
 居着く場所が見つかって安心しどっと疲れが出たのか、出会って三日目あたりから、泥のように眠っている。
 ベットでぐっすり眠ればいいのに、日中一人になるのが嫌なのか、必ずジンが料理をする部屋のソファーで眠る。
 朝を食べるとそのまま眠り、昼飯ができたと声をかければ寝ぼけ眼で食い、また寝て夕方に目覚める。当然、夕飯を食べるとまた寝てしまうので、ベットに運んでいくのはジンの役目だ。
 仕留めた鹿や猪を担ぐので、五十キロあるかないかの男を運ぶことなど、苦ではない。
 浅く覚醒することがある彼方は、毎晩健気に「夜のお努め」なるものを果たそうとしてくれようとするのだが、長めのキスだけで、終わらせていた。
 最初の数日は、全身でジンを拒絶していたのに、耳をもんだりくすぐったりしながら唇を合わせると、安心するのか拒まなくなってきたのだ。
 でも、体格差はあるし、あちらは病気の一歩手前ぐらいまで痩せているので、扱いには気を使う。 
 口がでかすぎると文句を言うようになったが、それはしょうがない。身体のパーツは変えられないのだから、我慢してくれ、って感じだ。
 過眠が落ち着いたら、連れて行きたいところがたくさんある。
 まず、美容院。なぜなら、髪が伸びすぎて不審者っぽい。
 八ヶ岳にやってくる前に二人に逃げられたと言っていたが、分かる気がする。
 それに、服屋。日中に着る服が一枚きりでは大変だろうし下着だって必要だ。
 止まった携帯もどうにかしてやらないと。
 でも、その手の要望、つまり、こちらにわがままと捉えられそうなことを、彼方は絶対に言ってこない。
 飼われ上手。
 そんな言葉がふっと浮かぶ。
 それに、性的に買われたのにそれすらできない厄介者が居させてもらっていると恥じているらしい。
 でも、こちらとしては、セックスどころかキスができなくたって、構わない。一緒に寝ることだって拒否したっていいんだ。
 家に誰かいる。
 それだけで、どれだけ八ヶ岳の山奥一軒家に一人暮らす男の心を救っているか、彼方はまるで分かっていない。
 そうこう言いつつ、ちょっかいは度々出してしまうのだが。
 夕飯の白味噌ベースの優しい味の鍋を食わせ、テレビを見ているうちに、彼方はまた眠ってしまった。
「こりゃ、本格的に寝入る感じだ。明日、元気だったら、ショッピングモールに行こうと思ってたんだけど」
 抱き上げると、浅く覚醒したのか、「ふぁあ?」と彼方が反応する。
「しばらくここで暮らすなら、必要なものがいろいろあんでしょ。それに、美容院にも行ってもらいたい。でも、彼方サン、最近、風呂入ってないから頭皮臭いしなあ」
 髪の毛に鼻をうずめ、すんと匂いを嗅ぐと、軽く皮脂の匂いがする。
 でも、無理して入られてすっ転んで怪我をされても困るから、勧めてこなかった。
 フケも出ないし、ヒゲなどの体毛もほとんど見当たらない。
 喋らなければ人形みたいだ。
 もしかしたら飼い主とやらは、彼方のそういう部分を気に入っていたのかもしれない。
 名字は、まだあかしてくれない。
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