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第一章

9:あんた、他の目的があってやってきたんだろ?

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 白っぽい木の家具と壁の色が統一されていて、床から一段高くなっただけの背の低いベットが壁際にある。
 ヘッドボードには、同じような色のいくつかのリモコンに、白い陶器に穴が開けられた小さなランプ。コードが伸びていてコンセントに挿さっている。あとは、小物を入れる籐の籠がいくつか。
 床は同じ色のラグだった。
 あまり生活感が感じられな---。
 枕元に近づいていくと、潤滑剤のボトルとコンドームの箱が置かれてあった。
 また、鼓膜が圧縮されるような耳の痛さに襲われた。
 大丈夫だ。
 やれる。
 最悪、寝っ転がっていれば。
 いや、サービスしなければ。
 でも、それって何をすれば? 
 ゲイ動画は見たことがあるが、抱かれる側は、口や尻に性器を突っ込まれてただ喘いでいるばかりで、あまり参考にはならなかった。
「何、固まってんの?」
「ひっ」
 ぼんやりしていたので、ジンが風呂から出て部屋に入ってきたのも気づかなかった。
 彼が彼方の側を通り過ぎていき、ベットに腰掛けた。
「照れるな、こういうのって。今からやるぞって感じがしてさ」
 ジンにそう言われたので、彼方はなんとかして笑おうとしたが、口の端が引きつってできなかった。
 うつむきがちだったジンが少しだけ視線を上げて彼方を見る。
「フルーツティ、どうだった?気に入ったならまた出すけど?」
 とても美味しかった。
 生き返った気がした。
 お世辞ではなく本当にそう思った。
 でも、言葉が出てこない。
 緊張で耳が張り、喉も小石が詰まったみたいな状態になっている。
 早く、何か言わなきゃ。早く。
「はあ」というため息とともにジンが、電気のリモコンに手を伸ばす。
 部屋は、急に真っ暗になった。
 都会みたいな、街の明かるさはどこにもない。
 いつ、ジンは襲いかかってくる?
 いつだ?
「あんたさ、くいあべいでぃんぐってやつ?」
 暗闇の中で声が聞こえてきた。
「え?」
「俺、英語分かんないから、発音が変すぎて伝わんない?クイアベンディング。LGBTの、つまり、ゲイとかレズじゃないのに、その振りをして食い物にしてる奴らのこと。バレてないとでも思ってたか?メッセージのやり取りの時点で違和感あったけど、駅で一目見て、絶対違うなって確信した」
 さっきより更に耳が痛くなった。
 そんな風に観察されていたなんて、思いもしなかった。
「あんた、他の目的があってやってきたんだろ?天井の梁をじっと眺めてたもんなあ。出会い系で手土産?丁寧な奴って思って紙袋を覗いてみりゃあ、新品のロープが入っているし。ここな」
 ジンが一呼吸置いてまた喋り始めた。
「俺が好きだった人が大切に造った家だ。俺が今、管理を任されている。そんな家で、首なんか吊ってみろ。冬眠している熊の巣穴にぶち込んでやる」
 耳が錐で突かれているかのように痛い。
 両手で抑えて痛みを少しでも散らしたい。
 彼方はラグの上にうずくまった。
 近くにいるはずのジンの声が、とても遠くから聞こえる。
「やっぱ、東京もんってとんでもねえわ。山梨の隣だってのに、同じ日本人とは思えねえ。言葉の通じない外国人の方がまだ情がありそうだ」
 喋る言葉は、耳の不調のせいで、水の中にいるみたいに響く。
「迷惑かけに来たわけじゃないんだ」
 彼方は絞り出すように言った。
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