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第一章
4:約束の五万
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すると男が急に彼方の手を伸ばしてきた。
大きな手だった。
そして、その手は耳を塞いできた。
こんなに寒い夜だというのに、男の手は、ほこほこと温かい。
急な優しさに驚いた。
温めれば症状が緩和するとでも思っているのだろうか。
飼い主からいくつも薬を貰ったけれど、どれも効かなかったというのに。
でも、不思議なことにゆっくりと音は戻ってきた。
「もう、大丈夫」
と答えると男の手は耳から離れていき、今度は首筋に手を入れられた。
「かなり、冷えてる」
ビクつくと、その手は離れていく。
ジンが彼方の目の前にしゃがみ込んだ。
ダウンジャケットを着ているせいもあるが、やはり身体がでかい。
ただしゃがんでいるだけなのに、目の前を塞がれたかのよう。
「あんた、掲示板でやりとりした彼方だよな?セーター一枚で真冬の八ヶ岳って舐めてるの?」
こちらの名前を知っているということは、目の前の相手はメッセージアプリでやりとりしたジンで確定だ。
「昨日、コートを売っちゃったから」
彼方は言い訳がましく答える。
古着屋で買取価格は八千円だった。
その半分を昨日、漫画喫茶の十ニ時間パックで使い、残り半分を今日、電車賃で使った。
「あっそう」
「ジンさん、だよね?」
「ジンでいい。あんたのことは彼方って呼べばいい?途中からメッセージを返信しなくなったのは、何で?車がパンクして遅れるって伝えたかったのに、うんともすんとも言わなくなったから、やっぱりいたずらかと思って家を出るのをものすごく迷ったんだけど」
「携帯がさっき……」
「止まった?あんた、大分詰んでるね?」
人生終わっていると言われて、それがあまりにも事実すぎて頷けないでいると、ジンは彼方の目の前で立ち上がった。そして、二つに折り曲げた白い封筒をポケットから取り出す。赤い曲線が下部に描かれ、地方銀行の名前が同じ色で印刷されている。
「約束の五万」
ああ、そっか。
忘れていた。
というより、死を覚悟した直後だったので、すっかり頭から飛んでいた。
僕はこいつに月五万円で買われに来たんだった。
生き延びるには、喉から手が出るほど欲しい。
でも、怖気づいていた。
一旦は覚悟したはずなのに、相手は同い年とは思えないほど威圧感があったし、乱暴にしそうな雰囲気があった。
頭の中は真っ白だ。
何、贅沢言ってるんだと思うのだが、身体が固まって反応できない。
愛想笑いの一つでもしなければならないのに。
ふっと呆れたように鼻で笑う声が一瞬。
また、ジンが口を開く。
本当に大きな口だ。
唇は薄いけれど。
今晩、あの口で色んな部分を舐め回されるのだろうか。
「あんた、馬鹿だよね?月額五万って、日給にして千七百円ほどだぜ?時給にしたら、七十円だ」
「……そう、だね」
「イライラするなあ、その態度。早く受け取れよっ。そのために来たんだろっ?」
ジンの大声に身体が震えて、手を差し出すのも困難だった。
だから、黙って彼方は突っ立っていた。
ジンが呆れたように封筒を丸めてダウンジャケットのポケットに仕舞いながら言う。
「困ってんのに、素直じゃねえんだな。東京もんだから、プライドが高いのか?まあ、いい。車、乗れよ」
ジンが顎で車を指しながら歩き出す。
大きな手だった。
そして、その手は耳を塞いできた。
こんなに寒い夜だというのに、男の手は、ほこほこと温かい。
急な優しさに驚いた。
温めれば症状が緩和するとでも思っているのだろうか。
飼い主からいくつも薬を貰ったけれど、どれも効かなかったというのに。
でも、不思議なことにゆっくりと音は戻ってきた。
「もう、大丈夫」
と答えると男の手は耳から離れていき、今度は首筋に手を入れられた。
「かなり、冷えてる」
ビクつくと、その手は離れていく。
ジンが彼方の目の前にしゃがみ込んだ。
ダウンジャケットを着ているせいもあるが、やはり身体がでかい。
ただしゃがんでいるだけなのに、目の前を塞がれたかのよう。
「あんた、掲示板でやりとりした彼方だよな?セーター一枚で真冬の八ヶ岳って舐めてるの?」
こちらの名前を知っているということは、目の前の相手はメッセージアプリでやりとりしたジンで確定だ。
「昨日、コートを売っちゃったから」
彼方は言い訳がましく答える。
古着屋で買取価格は八千円だった。
その半分を昨日、漫画喫茶の十ニ時間パックで使い、残り半分を今日、電車賃で使った。
「あっそう」
「ジンさん、だよね?」
「ジンでいい。あんたのことは彼方って呼べばいい?途中からメッセージを返信しなくなったのは、何で?車がパンクして遅れるって伝えたかったのに、うんともすんとも言わなくなったから、やっぱりいたずらかと思って家を出るのをものすごく迷ったんだけど」
「携帯がさっき……」
「止まった?あんた、大分詰んでるね?」
人生終わっていると言われて、それがあまりにも事実すぎて頷けないでいると、ジンは彼方の目の前で立ち上がった。そして、二つに折り曲げた白い封筒をポケットから取り出す。赤い曲線が下部に描かれ、地方銀行の名前が同じ色で印刷されている。
「約束の五万」
ああ、そっか。
忘れていた。
というより、死を覚悟した直後だったので、すっかり頭から飛んでいた。
僕はこいつに月五万円で買われに来たんだった。
生き延びるには、喉から手が出るほど欲しい。
でも、怖気づいていた。
一旦は覚悟したはずなのに、相手は同い年とは思えないほど威圧感があったし、乱暴にしそうな雰囲気があった。
頭の中は真っ白だ。
何、贅沢言ってるんだと思うのだが、身体が固まって反応できない。
愛想笑いの一つでもしなければならないのに。
ふっと呆れたように鼻で笑う声が一瞬。
また、ジンが口を開く。
本当に大きな口だ。
唇は薄いけれど。
今晩、あの口で色んな部分を舐め回されるのだろうか。
「あんた、馬鹿だよね?月額五万って、日給にして千七百円ほどだぜ?時給にしたら、七十円だ」
「……そう、だね」
「イライラするなあ、その態度。早く受け取れよっ。そのために来たんだろっ?」
ジンの大声に身体が震えて、手を差し出すのも困難だった。
だから、黙って彼方は突っ立っていた。
ジンが呆れたように封筒を丸めてダウンジャケットのポケットに仕舞いながら言う。
「困ってんのに、素直じゃねえんだな。東京もんだから、プライドが高いのか?まあ、いい。車、乗れよ」
ジンが顎で車を指しながら歩き出す。
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